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呉軍港めぐり……てつのくじら館編

秘密のベールに包まれた海自潜水艦に「乗って」みた!

2008年08月24日 12時00分更新

文● 吉田/Webアキバ編集部

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 さて館内に入ってみよう。館内の構造は下記の通りだ。

観光案内所などで配布されていてパンフレット 観光案内所などで配布されていてパンフレットから。一階が海上自衛隊の歴史と任務を紹介するエリア。二階が機雷除去など掃海部隊関連の展示エリア、三階が潜水艦について紹介したエリアになっている。目玉の「あきしお」には三階から入場するようになっているわけだ

 ということで一階から順番に見てくこととする。

一階では海上自衛隊の任務と歴史をご紹介

 さて、一階、館内に入ってすぐの場所はちょっとした広場になっている。そこに巨大なパネルが二枚展示されている。入ってすぐ正面が現在の海上自衛隊の任務を紹介したパネル、右手側が呉と旧海軍、そして戦後の海上自衛隊の歴史について解説したパネルとなっている。ここは写真主体で特に目を引くような展示物は置いていないのだが、取材時にも参観者の方は結構熱心に説明文を読んでいた。

「海にかける使命 海を守る熱き思い」 「海にかける使命 海を守る熱き思い」と題された海上自衛隊の任務を紹介したパネル
「海上自衛隊も呉という地で深く関わり合い、その歴史を紡いできた」 「海上自衛隊も呉という地で深く関わり合い、その歴史を紡いできた」と題されたパネル

二階の展示では機雷の恐ろしさを学べ!

 二階のテーマは「掃海とは何か?機雷を除去する活動は、終戦から現在まで連綿と続いている」というもの。簡単に言うと、現在の日本でも戦中に米軍によって敷設された機雷の除去活動が、戦後63年経ってもまだ行われている現実がある、ということだ。

掃海関連の展示 掃海関連の展示
触発機雷「LUGM-145」 ペルシャ湾で掃討した機雷として、アメリカ軍から贈られた機雷が展示されていた。これはイラク軍が敷設した触発機雷「LUGM-145」というもの

 まず最初のコーナーでは、第二次世界大戦終了後からの掃海のあゆみが展示されていた。ちなみに周知の事実だが、海上自衛隊の掃海部隊は旧海軍の掃海部隊を引き継いでいる。もちろん組織としては旧日本軍は戦後解体されたため、掃海部隊はその所属を海軍省から第二復員省、厚生省第二復員局、海上保安庁、そして保安庁を経て、防衛庁(現防衛省)へと所管を移している。
 ここではその戦後まもなくから実施されている機雷除去について、詳しい展示を行なっている。

「日本近海敷設機雷概要図(太平洋戦争)」 「日本近海敷設機雷概要図(太平洋戦争)」。これを見ると日本の主要港湾のほとんどが機雷で封鎖されていることがわかる。特に瀬戸内海が多量の機雷を敷設されているのがよくわかる
朝鮮戦争への日本掃海隊の出動について触れたパネル 朝鮮戦争への日本掃海隊の出動について触れたパネル。近年までは、戦後秘史的な扱いだった出来事だが、やっと公的な施設で解説できるようになったんだなあ、というのが正直な感想だ
当時出動した掃海艇 当時出動した掃海艇。小型のものばかりで、さぞ航海や掃海作業は大変だったのではないだろうか
展示されている係留機雷(海上自衛隊55式2型機雷:K-13 展示されている係留機雷(海上自衛隊55式2型機雷:K-13)。突き出した球体から信管がいかにも典型的な機雷という感じですな。宇宙戦艦ヤマト第一作に登場したガミラス帝国のデスラー機雷も、こんな感じに角を突き出したデザインでしたねえ
機雷に使われている信管 機雷に使われている信管
ロシア製のUdm機雷 ロシア製のUdm機雷
イタリア製のManta機雷 イタリア製のManta機雷
自衛隊の3式2号航空機雷1型 自衛隊の3式2号航空機雷1型
同じく70式機雷 同じく70式機雷

(次ページへ続く)

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