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池田信夫の「サイバーリバタリアン」 第29回

「最後の授業」がウェブに遺した教訓

2008年08月12日 09時00分更新

文● 池田信夫/経済学者

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ウェブが新しいビジネスを生み出した


 これはパウシュ教授も予想しなかったことで、彼は殺到する取材に当惑して、「偶然の連鎖で起こった珍事件だね」と笑ったという。このきっかけを作ったのは、ウォールストリート・ジャーナルの記事だったが、その連鎖の中で最も重要な役割を果たしたのは、疑いもなくウェブだ。YouTubeがなければ、彼の名が全世界に知られることはなかっただろう。

 もうひとつは、カーネギー・メロン大学がこのビデオを学生がウェブに投稿するのを公認したことだ。同大学は、コンピューターサイエンスの分野では世界に知られている。彼らはウェブの影響力を知っていたから、著作権や許諾権などケチなことは言わなかったのだ。それが結果的に、大学にも巨額のロイヤリティーをもたらした。



夢と情熱さえあれば、だれでもクリエーターになれる


 日本のサラリーマンはYouTubeはクリエーターの敵だと思い込み、「権利関係の問題を絶対に起したくない」という保身が先立って完璧に問題をなくすまでは事業をスタートしない。そういう姿勢でいる限り、ウェブの世界を動かす企業は出てこない。ある外資系ベンチャーの経営者が日本企業を、「ウェブの世界は、大規模に打って出て制空権を握ったものが勝つ空中戦だ。いくら完璧な戦艦大和をこつこつ建造しても勝てない」と評していた。

 授業で、パウシュ教授は「夢と情熱さえあれば、君たちのだれもがクリエーターになれる。そのための表現手段は、すべて君たちの手元にあるんだ」と学生たちに呼びかけた。情報は先人から受け継がれ、ユーザーによって改良され、広められる。特定の企業だけが「著作者」として情報を全面的にコントロールする「コンテンツ産業」の時代は終わったのだ。これからはすべてのユーザーがクリエーターになり、ビジネスを生み出すことができる——彼は身をもってそれを教えたのかもしれない。


筆者紹介──池田信夫


1953年京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。1993年退職後。国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は上武大学大学院経営管理研究科教授。学術博士(慶應義塾大学)。著書に「過剰と破壊の経済学」(アスキー)、「情報技術と組織のアーキテクチャ」(NTT出版)、「電波利権」(新潮新書)、「ウェブは資本主義を超える」(日経BP社)など。自身のブログは「池田信夫blog」。

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