録音録画補償金という名の生活保護
最近の私的録音録画補償金をめぐる騒動の背景には、こうしたアーティストのつらい生活がある。しかし、iPodやHDDに「どんぶり勘定」で課金し、すべてのアーティストにばらまいても、創作のインセンティブにはならない。権利者団体が集めた金は、売れないアーティストに分配される生活保護のようなものだ。
こういう現象は、衰退産業には共通して見られる。農業補助金も、終戦直後は食糧増産という重要な意味があったが、農産物が余るようになってからは、農家のための社会福祉政策になった。この意味で著作権行政も、農業補助金化しているのだ。こうした社会福祉の問題を意図的に産業政策と混同し、「はじめに文化ありき」など称して既得権を守ろうとするのも、「コメは日本の文化だ」などと言って農業補助金をぶんどった農協と同じ古いレトリックだ。
歴史的にも、SPレコードが出てきたときは演奏家の団体がボイコットした。トーキーが出てきたときは、活動写真の弁士がストライキをやって補償金を要求した。VTRが出てきたとき、映画業界が著作権を盾にとってその差し止め訴訟を起した事件は有名だ。そのとき映画産業が勝訴していたら、彼らはパッケージメディアという最大の市場を失って滅亡していただろう。そして今、パッケージメディアの時代が終わり、インターネットに主役の座が移ろうとしている。こういうとき滅びゆく業者を守っても、イノベーションは決して生まれない。
「業者行政」をやめて消費者中心に
他方、「ネット法」という法律を作ってコンテンツ産業を振興しようとするロビー団体も出てきた。自民党でも、これに呼応するように「知的財産戦略調査会」で著作隣接権を制限する動きが出てきた。権利を一元化することには賛成だが、著作権を創作者から取り上げて流通業者に集中するのは、時代に逆行する業者行政だ。
かつてコンテンツの生産に多額の投資が必要だった時代には、それを産業として成立させる「業法」としての著作権法も必要だったが、今はパッケージを買うより友人と画像を共有しておしゃべりしたほうが楽しい。こうした「1億総クリエイター」時代には、著作権法が創造を阻害している。コンテンツの生産性を高めるには、現在の著作権法の厳重な許諾権をなくして、創作の自由度を高める必要がある。
貧しいアーティストを救済する社会福祉政策が無意味だとは言わないが、それが目的なら、著作権と無関係に基金を作ればいい。ハリウッドには俳優や脚本家など多くの組合があり、売れっ子のギャラを売れないアーティストに再分配している。農業政策でも、価格統制を廃止して所得補償だけにするデカップリング(分離)がWTO(世界貿易機関)で議論されている。著作権行政も、文化という呪文とデカップルして「消費者庁」に移管し、消費者にとって何がベストかを考えてはどうだろうか。
筆者紹介──池田信夫
1953年京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。1993年退職後。国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は上武大学大学院経営管理研究科教授。学術博士(慶應義塾大学)。著書に「過剰と破壊の経済学」(アスキー)、「情報技術と組織のアーキテクチャ」(NTT出版)、「電波利権」(新潮新書)、「ウェブは資本主義を超える」(日経BP社)など。自身のブログは「池田信夫blog」。
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