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ジェネラルパーパス・テクノロジー(前編)

日本のITは20年間進化していない──野口悠紀雄が語る

2008年07月16日 11時00分更新

文● 遠藤諭、語り●野口悠紀雄

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ITは、GPT(一般汎用技術)にほかならない


── 「ジェネラルパーパス・テクノロジー」というのは、あまり聞き慣れない言葉なんですが、これはどういう意味なんでしょう?

野口 GPTというのは「一般汎用技術」と訳すことができますが、「社会のさまざまなところで広く使われている技術」という意味です。GPTの例としてよく言われるのが、電力です。それまで広く使われてきた動力源である蒸気が、電力になった。たとえば、蒸気機関車が電気機関車になった。工場の動力源が蒸気機関から電気モーターに変わった。家庭の中でも、電気を使うようになった。そのような変化です。

 ところで、電力の場合に、それが技術的に利用可能になってから社会全体の生産性に影響を与えるようになるまでには、非常に長い時間を要したのです。GPTは社会全般で使うものですから、社会の仕組みとの関連性が大変に重要で、したがって生産性に影響を与えるまでには長い時間が必要になる。

── ITもそれと同じようなものであると?

野口 1980年代に生産性の統計に表われなかったのは、ある意味では当然のことです。しかし、1990年代になってからアメリカ経済を大きく変えたという理解ですね。ITはGPTだからです。

 これはスタンフォード大学のポール・デイビッドという経済史家の意見なのですが、この考えはITの性格を的確にとらえた議論だと思います。この本の基本的な理解も、ITはGPTであるということです。この本のタイトルを「ジェネラルパーパス・テクノロジー」としたのは、ITがGPTであることを強調したいからなのです。確かに日本ではあまり聞き慣れない言葉ですが、それは日本でITが正確に理解されていないことの反映でしょう。

── それが、この本の最大のメッセージであると。

野口 そうですね。ITは単に情報通信技術の変化にとどまるのではなく、それを社会全体が使える仕組みになっているか? それが重要である。1990年代において情報技術がメインフレーム型の技術から分散処理型の技術に変わった。その変化に日本の経済が適応していないのではないか?という問題意識です。

── トーマス・エジソンが電球を作ったことは知られていますが、実際には最初ではなくてイギリスでもっと早く作った人がいたというような話がありますよね。エジソンが作ったのは、実は、給電システムをひっくるめた意味での電灯だったのですよね。街中に電気が行き渡るようにしたというのが重要だった。それによって、ガス灯が電球に変わり、家庭の中へも入っていった。

 自動車なんかは、いまになって電気自動車とかハイブリッドという話になっている。だから、それまでの技術の取っ替えって一度に起こるわけではない、そのために関係するシステムが必要な場合もあるし、置き換わるのに時間がかかるというのが一般的であるということですよね。

野口 この本のイントロダクションで述べましたが、イギリスの場合には、蒸気から電気への転換が大変だった。電力が使われるようになるのに非常に時間がかかったといわれています。1980年代に言われたことですが、イギリスでは蒸気機関車が電気機関車になったときに、電気機関車に蒸気機関車の罐焚(かまたき)手が乗っていた。

── あれはたとえ話ではないのですね?

野口 たとえ話ではありません。イギリスの労働組合は職種別組合です。罐焚き手の労働組合が強いから、電気機関車になっても彼らに仕事を与え続ける必要がある。だから、仕事はなくても電気機関車の運転室に乗せていた。ということは、せっかく蒸気から電力への技術的な転換があったのに、労働力を無駄に使っていたということですね。

 この話は、日本との比較で言われました。日本にも労働組合はあるけれど、それは職種別組合ではなく、企業別の組合である。だから、国鉄の場合にも、組織内で職場を移せばよい。その意味で、日本は技術の転換に柔軟に対応できる社会構造を持っている。このような議論が当時なされました。イギリスは、新しい技術に適合しない社会構造を持っており、日本は技術に適応できる柔軟な社会構造を持っている。だから、イギリスはダメで、日本は優れている。そうした議論が行なわれたのです。

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