硬直的な雇用がIT産業を衰退させる
この事件に便乗して、舛添要一厚生労働相は「日雇い派遣を禁止する」と発言しているが、規制強化は逆効果だ。そもそも秋葉原事件の容疑者は日雇い派遣ではなかった。日雇い派遣を禁止したら、もっと不安定な日雇い労働者になるだけだ。
日本では、フランスのように解雇を禁止する法律はなく、労働基準法では解雇は原則自由だが、正社員の解雇は判例で事実上禁止されている。また正社員には、賃金以外に年金・退職金などの給付があるため、非正規労働者との生涯所得の差は2倍以上ある。このため、特にITのように雇用変動の大きい分野では、正社員を雇用しないでSI(システム統合)業者にシステム構築を「丸投げ」することが多い。
この結果、SIが人材派遣業のようになり、業務が特定の時期に集中して過酷になるため、若者に嫌われる。また新しい企業は、大手SI業者の下請けに入るしかないため、ベンチャー企業が育たない。他方、顧客企業の経営陣にもITの専門家が育たないので、いつまでもITゼネコンのいいなりで、高コストの古いシステムを使い続ける結果になる。
格差問題から逃げる厚労省
この状況を変えるには、正社員の過剰保護をやめ、非正規労働者との差別をなくす必要がある。OECD(経済協力開発機構)の対日審査報告書でも、日本の非正規労働者が急増して34%にも達したことを指摘し、「労働市場の二極化」を問題視している。その解決策としてOECDが勧告しているのは、柔軟性の高い正規雇用である。
しかし厚労省はOECDの勧告とは逆に非正規雇用の規制を強化し、正規雇用の固定化を進めている。これに対する批判は財界だけではなく、労働者からも強い。こうした批判を避けるため、5月に新潟で開かれたG8労相会合では、非正規雇用の問題をテーマにせず「環境にやさしい働き方」という無内容な議論を行なった。おかげで、この会合に参加した労相は舛添氏だけで、他の国からは閣僚級の参加もなかった。
秋葉原事件に象徴される雇用不安を生み出している元凶は、このように深刻な問題から逃げて、中高年や労組の既得権を守る厚労省である。若者は「蟹工船」に涙しているだけではなく、無能な労働行政に対して立ち上がるべきではないか。
筆者紹介──池田信夫
1953年京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。1993年退職後。国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は上武大学大学院経営管理研究科教授。学術博士(慶應義塾大学)。著書に「過剰と破壊の経済学」(アスキー)、「情報技術と組織のアーキテクチャ」(NTT出版)、「電波利権」(新潮新書)、「ウェブは資本主義を超える」(日経BP社)など。自身のブログは「池田信夫blog」。
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