塩澤一洋の“Creating Reed, Creative Mass.──大公開時代の羅針盤” 第2回
塩澤一洋の“Creating Reed, Creative Mass.──大公開時代の羅針盤”
「show and tell」の文化
2008年06月01日 15時00分更新
ところが、ウェブの出現によって状況は変わった。読解と表現、両方のリテラシーを誰もが発揮できる道が開かれたのだ。読むチカラと書くチカラのバランスがとれた、本当のリテラシーだ。
ウェブの情報は、多様な人々が多様な価値観に基づいてアップロードしたものだ。モニターに表示された情報は、ともすると鵜呑みにしやすいが、そこには事実も書かれているし、フィクションもある。ひとつの物事に対する考え方はさまざまだから、そのどれもが個人の思想を反映したものだ。したがって、ウェブの情報に接する際には、おのおのの記述を絶対化することなく、客観的にとらえることが大切だ。他のメディアにも増して、読むチカラ(リテラシー)を要求される媒体なのである。
誰でも読むことができるウェブは、同時に、誰でも書くことができる空間だ。さらにブログが登場したことによって、その垣根は大きく下がった。誰もが簡単に、自分の表現をパブリックに発信できるのだ。
ブログを自分で書いてみるといろんな判断を迫られることに気づく。この話題はウェブに書いてもいいか、この人の名前は匿名にしておくべきか、この出来事は場所が特定されないほうがいいか、この写真は載せるべきか、などなど。それを日々繰り返していると、自分自身の判断基準が確立してくる。同時に文章も洗練されていき、いままで軽視されがちだったパブリックに書くチカラ(リテラシー)が向上していく。
そうなると、読むチカラも向上する。他人が書いたものを読む際に、この言い回しには含みがあるなとか、この部分は真意ではなさそうだ、といった想像が働くようになるのだ。また、いいコメントをもらうとうれしいから、自分もほかの人にいいコメントをしたくなる。さらに、自分もいろいろな失敗するから、他人の失敗にも寛容になる。
人々がブログで自己表現を続ける社会。ウェブは、壮大なショウ・アンド・テルの空間なのである。
筆者紹介─塩澤一洋
「難しいことをやさしくするのが学者の役目、それを面白くするのが教師の役目」がモットーの成蹊大学法学部教授。専門は民法や著作権法などの法律学。表現を追求する過程でMacと出会い、六法全書とともに欠かせぬツールに。2年間、アップルのお膝元であるシリコンバレーに滞在。アップルを生で感じた経験などを生かして、現在の「大公開時代」を説く。
(MacPeople 2006年8月号より転載)
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