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日本のベンチャー育成に賭けてきた男

「マイナーさん、日本のITベンチャーってダメですか?」(前編)

2008年05月26日 07時57分更新

文● 吉田育代

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 アレン・マイナー氏は、シリコンバレーのオラクルに入社後、国際部門の日本担当となり、翌年、志願して26歳で日本オラクル初代代表に就任。佐野力社長を迎え入れ、以後は取締役として同社の記録的な急成長に貢献した。同社退職後は、「大好きな日本をアントレプレナー精神溢れる活き活きとした世界にしたい」という熱い思いで仲間を募り、同年12月に株式会社サンブリッジを設立。日本のベンチャー育成に新しい地平を切り開いてきた。この秋、マイナー氏はアメリカに戻り、新たな視点で投資ビジネスを展開するという。帰国記念というわけではないが、この機会にサンブリッジでの8年間を振り返ってもらった。 (聞き手・構成:フリーランス・ライター 吉田育代/撮影:島 誠)

アレン・マイナー氏

株式会社サンブリッジ 取締役創業者 アレン・マイナー氏

オラクル在籍時代から 興味を抱いていた日本での投資ビジネス

アレン・マイナー氏

―― そもそも投資を始めようとしたきっかけは何だったんですか?

マイナー 直接のきっかけは、日本オラクルの株式上場で資産が手に入ったから。実は、そのずっと前から日本で何かインターネットに関連したビジネスがやりたいと思っていたんだよね。94~95年ごろ、ネットスケープのモザイクが出てきたときに、“これはおもしろい。インターネットの世界はこれからどんどん発展していくんじゃないか。オラクルの次(オラクルの日本法人を最初に作ったのはマイナー氏)は、ネットスケープの日本法人立ち上げかな”と思ったぐらい。実際はそうはならなかったけれど、そのころから、日本でインターネットビジネスが発展するときには何らかの形で関わりたい、とずっと思ってた。

 それが98年ごろになって、日本のインターネットサイトがただの情報発信メディアではなく、e-ビジネスのインフラになり始めて、ついにその時期が来たかな、と思った。その頃僕は、オラクルの米国本社に戻っていたんだけど、永山(隆昭氏。日本オラクルを経て米国オラクルに勤務後、日本でマイナー氏とともにサンブリッジを立ち上げた。現在、サンブリッジ代表取締役社長)さんと、カリフォルニアでビジネスプランをあれこれブレーンストーミングして、まずは“アマゾンもどき”の本屋をやろうと。アマゾンがいつ日本に進出してくるかわからなかったから、まずは品揃えを技術本中心にして、場合によっては自分たちでコンテンツを提供したり、出版したりしてもいいよね、と。アマゾンが早く上陸するようだったら、それで棲み分けをして、進出が遅れるようだったら一般書籍の分野まで広げていこうということになった。

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