「人間の身体と科学技術が生身でぶつかったら、どちらに軍配が上がるのだろう?」
ふとそんなことを考えたおバカ編集者の顛末を、とくとご覧いただきたい。
生きる伝説がぼくの前に
高橋名人が目の前にいる。緊張に声が震え、そのたびに場の空気が冷えていく。
ファミコンと同じ1983年に生まれた新人編集者のぼくにとって、リアルタイムの高橋名人は「スケボーで無人島を滑走しながら石器を投げているマッパのおじさん」、ていうか初代ゲームボーイだった。「16連射」や「スイカ割り」といった数々の偉業は雑誌の特集で後から知ったのだ。完全に「生きる伝説」だ。
今回の取材は名目上「高橋名人の連射で手ブレは起きるか?」となっているが、白状してしまおう。ただ単にぼくが「高橋名人に会ってみたい」と思っただけだ。つまり私欲まみれのものである。役得役得。
ヒ、ヒジですか?
「こちらが名人に連射をしていただく手ブレ装置です。この日のために用意しました」
ダンボールに緩衝材をくっつけて“手ブレ装置”の札をさげた箱を自信満々でテーブルに掲げる。ところが、名人と編集長はぽかんと口を開けてこちらを見ている。
名人 ぼくの連射は、ヒジつかないとダメなんですよ
名人がそうポツリとつぶやいた。
自信に満ちた笑顔がそのまま硬直し、冷や汗がたらりと頬をつたう。装置の高さはどう見積もっても20cmはある。とてもヒジなんかつけそうになかった。
私 あ、え、そうですか、そうですよねえ
(何っっ! なんでヒジつくの?)
名人 結構いろんなところで話してるんですけどね
残念そうにつぶやく名人を前に、音をたてて血の気が引いていく。
もうアタマは完全に真っ白。ブルーバックでかたまってしまったぼくにあわてて編集長がアドバイスを出し、装置の上部だけを残してハサミで解体することになった。
全員の視線が凍りつくように冷たい。連射でもないのに小刻みに指先を震わせながら、ぼくはジョキジョキ音をたててダンボールを切りはじめた。
