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古田雄介の“顔の見えるインターネット” 第23回

個人サイトは「数十年」続けて成功?──「僕の見た秩序。」の行く先

2008年04月28日 17時00分更新

文● 古田雄介

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「僕にもできるんじゃないか」感からサイトを始めた


── 「最初」というのは、僕秩。がスタートした2001年7月頃ですか?

ヨシナガ いえ。本当のサイトの初期は今の目標みたいなものは一切なく、単にデジカメを買ったから、その写真を友達や両親に見せるというだけだったんです。そんな目的だったから、特に深い理由もなく「僕の見た秩序。」という名前をつけました。笑い要素ゼロで「恥ずかしい感じのマジな名前」ですよね。

 今のようなコンセプトになったのは2002年10月からなんです。当時はテキストサイト全盛だったんですが、大御所の管理人さんも大学生だったりして、「僕にもできるんじゃないか」感が漂っていたんですよ。有名なテキストサイトには、そういう手軽さと膨大なアクセス数のギャップがあったので、自分もやってみたいと思いまして。キャラクターを作りたいと考えたのも、それ以降ですね。


── それで100点の力を出し始めたと。

ヨシナガ 気合いは入っていましたけど、最初は全然駄目で。自分では面白いことを書いているつもりなのに誰も見ていないという状態がしばらく続きました。実際、全然面白くなかったのが原因なんですけど(笑)。そうこうしているうちに、たまたま「タマちゃん進化論」が大手ニュースサイトさんに採り上げてもらえて、スマッシュヒットしたんです。そうしたら、今まで1年半累計1万5000くらいのアクセス数だったのが、1日で1万5000アクセスくらいになって。

僕秩。を人気サイトに押し上げた「タマちゃん進化論。」。数回の続編を「薪をくべるように」投入しており、最終的には最終形態の「タマちゃん」にサインをもらいに行くまでに至る。「KO・U・HU・N☆」(※すべてに取消線)のコメントはすでに様式美となっている


── なるほど。以降は今みたいな感じで順調にアクセス数が伸びていったわけですか。

ヨシナガ そうですね。ネットの流行はすごく早くて、スマッシュヒットのネタがあっても2週間もすれば皆飽きてしまいます。だから、「タマちゃん進化論」で付いた火を消さないように、だいたい10日間隔で渾身のネタを投入していきました。そういう薪をくべる作業みたいなのを延々と続けているうちに、今みたいな状況になったんだと思います。


── 薪をくべるのは、10日に1回くらいがちょうどいい感じですか?

ヨシナガ 当時はそうでしたね。もちもん、それより短い周期でもいいんでしょうけど、こちらの限界もあって、現実上はそれくらいのペースになっちゃう感じです。

 ただ、今は流行がさらに早くなっているから、イチからサイトを始めた場合は、もっと速いペースで薪をくべないといけないかもしれません。そう考えると、時期がよかったんだと思いますね。今同じことを僕が始めても、全然駄目だと思います。

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