さて、しかし、これは単なるモテるダメ男を描いただけの小説じゃありません。
物語中盤にはこれまで紹介してきたフランソワ・ヴェイエルグラッフが書いた『母の家で過ごした三日間』の一部と、彼による註が置かれているんですが、その小説内小説の主人公フランソワ・グラッフェンベルグという男がまた『母の家で過ごした三日間』という作品を書きあぐねている女にだらしない人物なんです。で、そのグラッフェンベルグが創出した主人公のフランソワ・ヴェイエルスタインもまた(以下同)。そして驚くべきことに、本物の作者ヴェイエルガンス自身がこの本の契約を交わしてから実に13年間も書けない年月を重ねていたという……(絶句)。つまり、これ、「書けない作家」と「女にだらしのないダメ男」が入れ子になった小説なんです。
そんな次第ですから、小説内小説の主人公フランソワ・グラッフェンベルグもまた女性にモテモテなんですの。友人の画家の展覧会のオープニング・パーティで出会った女性ジュリエット(先述したカトレーヌと面影が重ねられている)と関係を結び、いつでも連絡が取れるよう持たされた携帯電話で受け取ったメールの内容がといえば、〈私の性器を掘りにきて! 口でも何でもいいから詰めこんで! 串刺しにして。根こそぎにして! もう、気が変になりそうよ〉なんて、情熱的というか常軌を逸しておりまして。
羨ましいですか、そうですか。
という具合に、フランソワがマトリョーシカ人形みたいに幾層にも入れ子になった、凝った構造の物語ではあるのですが、しかし、読みにくいということはまったくありません。少しずつトーンを違えた3人のダメ男の言動と思考を追っていくのが、やめられない止まらない。しかもリリー・フランキー『東京タワー』的“母を恋うる物語”の味わいまで楽しめるんですの。笑える知的与太話とエロ話が満載、なのにちょくちょく鼻の奥がツーンとしてしまう。しかも、モテのヒントまで得られるときたら、これはもう、あなた、読みの一手でございましょうよ。
*<>内は引用箇所を表しています■社長の箴言
キミよ、かわいいバカになれ!
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豊崎由実(Yumi Toyozaki)
1961年生まれのライター。「本の雑誌」「GNIZA」などの雑誌で、書評を中心に連載を持つ。共著に『文学賞メッタ斬り!』シリーズ(PARCO出版)と『百年の誤読』(ぴあ)、書評集『そんなに読んで、どうするの?』『どれだけ読めば、気がすむの?』(アスペクト)などがある。趣味は競馬。
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