4月2日に発表されたモバイル向け省電力CPU「Atomプロセッサー」とCentorino Atomプラットフォームは、モバイル環境をどのように変えていくのだろうか? IDF上海での展示やセッションを振り返り、その実情と未来を考えてみた。
日本で行なわれたAtomプロセッサーの発表会(関連記事)では、いくつかのメーカーがAtom搭載のMID(Mobile Internet Device)を発表していたが、IDF上海の会場では米レノボ社、台湾ベンキュー社、台湾Universal Scientific Industrial(USI)社、台湾ASUSTeK Computer社、そして日本のクラリオン(株)、松下電器産業(株)、富士通(株)などが、開発中の機器の参考出品を行なっていた。
各社の試作品を見てみると、大きく分けて2つの方向性が存在するようだ。ひとつはレノボのMIDのように、ポータビリティーを重視したネットビューワー機器。もうひとつは小型のキーボードを採用した、サブノートよりも小さなUMPCを目指したものだ。
いずれの展示機も、詳細なスペックは公開されていないが、ビューワー機能を重視したMIDは、Atom Z500(800MHz)とSCH(System Controller Hub)チップセットを採用した機器が多い。内蔵ストレージとしては、ほとんどの機器がHDDではなくフラッシュメモリーを採用していた。小型のMIDになると、マザーボード上に8GBのフラッシュメモリーを搭載するものもあった。
これらの機器は、簡単な操作ボタンは装備しているものの、PC風のキーボードは持たない。さらにOSもLinuxを採用していて、ユーザーインターフェース(UI)部分がAdobeの「AIR」などで構築されている。インテルからUIのガイドラインは提案されているが、メーカー間で微妙にUIは異なるようだ。
MIDに搭載されるアプリケーションは、ウェブブラウザーや地図ソフト、動画再生プレーヤーなどがあった。ただし、これらのアプリケーションが最終的にMIDに標準搭載される、というわけではなさそうだ。またレノボのMIDでは、オープンソースのオフィススイート「OpenOffice」のLinux版を、MID向けにしたアプリケーションを搭載していた。これを使ってWordやExcelのデータが簡単に表示できたり、編集できるといったデモが披露された。
もうひとつのUMPC志向の機器は、いずれも超小型ノートパソコンといえるものだ。長時間入力するのはきついが、PC風の操作ができるようにキーボードを備えている。当然だがMIDと比べると、サイズはそれなりに大きい。機器によっては、スライド型のキーボードを採用することで、MIDとUMPCの両方の性格を持っているものもあった。UMPCのOSは、多くの機器がWindows XPを採用している(少数だがVistaを動かしていたものもあった)。
インテルは「Centrino Atom」のロゴを製品に冠する条件として、以下の規定を定めている。
- AtomプロセッサーとSCHを使用していること
- 何らかのワイヤレス接続機能を有すること(インテル製以外でも可)
- バッテリーでの動作
- 携帯できるサイズ(ディスプレーサイズが6インチ以下)
この条件があるため、“Centorino Atomのロゴが付いた15インチ液晶ディスプレーノート”、といった製品はあり得ない。
今回のIDF上海では、インテルからAtomプロセッサーなどの発表が行なわれただけで、実際に搭載機器が各メーカーから製品として発表されるのは、今年6月ぐらいからになるのではないだろうか。価格に関しては予測しにくいが、スペックとフォームファクターで異なるものの、おおむね5~7万円ぐらいになると言われている。ただし、日本企業が計画しているUMPCは、もう少し高い価格帯になるのでは、ともいわれていた。
いささか中途半端なMID
ビューワーとしてのMIDには、デジタルガジェットとしての面白さを感じる。ウルトラモバイルグループ担当上級副社長のアナンド・チャンドラシーカー(Anand Chandrasekher)氏が、「日本のユーザーはブラウザーの互換性の問題などで、携帯電話でインターネットのコンテンツがみられないことを不満に思っている。MID/UMPCはインテルアーキテクチャーの採用により、最新のインターネットテクノロジーが採用できる。そのため、現在パソコンで見ているサービスを、そのままモバイル環境に移行することができる」と述べているとおりだ。
確かに、米国でアップルの「iPhone」が大ヒットし、“フルブラウザーを搭載したモバイル機器”の可能性は示された。日本でもテキストが中心のケータイサイトから、携帯電話版のFlashプレーヤーである「Flash Lite」を利用した、動きのあるUIを持つサービスなどへの移行が始まっている。
しかし、これらはあくまで携帯電話での話。iPhoneはプレーヤー的用途が中心で、あまり携帯電話としては使われていないという話も聞くが、それでも最低限携帯電話として使える機能を有している。しかしMIDは、インターネットでの利用がメインであり、音声通話はそれほど重視されていない(基調講演ではSkypeを使った電話機能のデモもあったが)。
サービスに関しては、Atomがx86系のプロセッサーであるため、パソコン用に作られているサービスなどを比較的簡単に移植できる。Ajaxを多用したGoogle MapなどをMID用に移植するのも、そう難しいことではないだろう。しかし、これも米グーグル社が携帯電話への対応を進めているため、MIDならではのメリットとも言い難い。MIDが携帯電話と差別化するためには、MIDならではのサービスを開発していく必要があるだろう。
日本と海外では、MIDの普及状況も異なってくる可能性がある。高機能携帯電話が普及している日本では、MIDが新しいジャンルの機器として確立するかどうかは疑問が大きい。携帯よりも大きな機器をわざわざ購入して携帯するだろうか? それも、電話としては使えないモノを。
このように考えると、日本でのMIDは、携帯電話の1バリエーションとして認知されるのかもしれない。シャープ(株)が開発し、(株)ウィルコムが販売を計画している新しい携帯電話機がその例となるのではないか。いずれにしても、第1世代のMIDは、壮大なテストマーケティングとなりそうだ。
一方、UMPCに関しては、ある程度マーケットの見える機器だ。日本や韓国などではUMPCに関する関心は高いが、欧米ではそれほどという印象がある。米国ではASUSTeKの「EeePC」が売れているものの、UMPCだからというより、“低価格のPC”として売れている。
しかし、コスト面を削るあまりディスプレーを小さくしすぎては、かえって使いにくいだろう。PCとしては、やはり10インチぐらいの液晶ディスプレーは必要ではないだろうか。UMPCにとっては小型化よりも、薄型化、軽量化ということが重要だと筆者は考える。重量は最低でも1Kgを切る必要がある。価格的にも3~5万円ぐらいがスイートスポットで、それ以上ではセカンドPCのノートパソコンとして購入するには、少々お高いのではないか。
これらを鑑みると、今年リリースされるAtomプロセッサーを使った機器は、方向性が定まる以前の第1世代といえる。ジャンルとしての方向性が固まるのは、2008年後半もしくは、2009年以降になるだろう。