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【インタビュー】ITの曲がり角~世界とニッポン

今のままでは生き残れない日本のIT業界

2008年04月17日 21時11分更新

文● アスキービジネス編集部、聞き手●遠藤 諭

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画期的な変化がないエンタープライズ


――iPodもそうですが、アマゾンのAPIとか、フェイスブックとか、すごく出来がいい。そういう意味ではエンタープライズ以外ではいいサービスは出てきてますよね。

亦賀:コンシューマは進化が早くて、気の利いたサービス指向のものが実際に出てきています。エンタープライズははっきりと遅れていますね。ガートナーでは昨年から、「Consumerization of IT」といっています。今コンシューマーの世界でおきているような画期的な変化を起こさなければいけない。

――その流れは、実はこの20年変わりませんよね。企業のコンピューティングとコンシューマのコンピューティングがどんどん一緒になってきて、開発言語やネットワークプロトコル、プロセッサも同じものになってきて、Webの登場とともにそれが極まった。極まったのはもう10年も前なのに、やっとそれがまじめな議論として登場してる。

亦賀:コンシューマの世界の動きは本当に早いです。しかも、受け手がものすごい勢いで飽きても、次々に新しいものが出てくる。それに比べればエンタープライズの世界は遅いです。ITが本当に遅い。もっとスピードを上げて変化できるはずなのですが、本来それをやるべきインテグレータが投下資本回収と生き残りのためあえて進化を遅らせているという側面もある。

――そういった状況なのに、まず見ることからはじめなければいけない。認識してる間に、世の中がどんどん変わっちゃいますよね。

 第1回でネットフリックスのDVDレンタルの話をしましたが、膨大なデータをマイニングしてビジネスにつなげるという流れはまだDVDのレンタル効率を上げる話だから大丈夫です。でも、さきほどの中国商工銀行の話じゃないですが、そういったマイニングがリアルタイムに行える技術が、より基幹的な部分で行われて差がついてきたら、ものすごいことになってしまうのではないかと。社会保険庁のデータベースのお粗末さや東証のシステム障害のようなレベルとは次元の違う話じゃないですか。

亦賀:だから、日本が今何をすべきかという話は、もっと真剣に議論しなければいけない。でも、メディアも含めて、そういう話は遅々として盛り上がってこない。

――日経新聞の今年の元旦の見出しが「沈む国と通貨の物語」ですからね。日本が沈まないために今何をすべきかという議論を飛ばして、一気に悲観的な話になるのは悲しいことです。

亦賀:議論なしに、一気にそういう世論を形成することだけが目的だとすればそれは疑問ですね。今、多分、日本という国が転換点にあるのは事実です。それはITの転換点でもあるし、ビジネス、グローバルの転換点でもある。すべてが大きく変わろうとしています。そのときにまず行うべきは、やはり何が起こっているかをきちんと調べること。それすらせずにギブアップする必要などありません。

 こういった状況の中でも、やっている人はやっているし、わかっている人はわかってるんです。でも、どうも世論というか、全体の機運というか、それがどうも内向きで悲観的なんですよね。日本に限らずどの国もそういう側面はありますけれどね。他の国のことばかりを考えてる国ってどっかおかしいですから。でも、それにしても「沈む国」というのを前提にして、当たり前のように語られる状況はおかしいです。


「すごいことをやる!」それがビジネスの原点


――グローバル企業というのものの定義は難しいですが、1990年代に行われたある調査では、グローバル企業の半分はアメリカの会社で、残りの半分が日本。3位はドイツだけど、結構な差がついてました。当時のFortune500などを見ても同じような感じでした。そのころに比べれば日本は確かに相当後退してるでしょうけど、まだまだ十分な力はあるはずなんですよね。そういう国なのに、それほどグローバル企業を持っていない中国を恐れている。ちょっと不思議な感じですよね。実際に中国人に話を聞けば、「日本にはまだまだ敵わない」って言いますから。

亦賀:たしかに日本のほうが優れている部分はまだまだ多いです。でも、脅威なのは事実ですよ。人口もそうですが、中国の人々が「成長しよう」という強く思っていることは重要です。そういうエネルギーを目の当たりにして、意気消沈してしまい日本が死んでいくみたいな方向に話がいきがちですね。

――北欧やリヒテンシュタインのようなヨーロッパの小国はITに関する投資や教育を1990年代にしっかりやって実を結んでます。実は、Googleのユーザーインターフェースとかも北欧の会社がやってたりとかするんですよね。

亦賀:彼らは成熟していますね。ビジネス論でいえば、「経済のため」という言葉になってしまいますが、最終的には人の生活がハッピーなんですか? ということですよね。日本がつぶれるという話じゃないですが、かつて栄えていた国内のリゾート地に行くと、多くが退廃していて悲しい気持ちになります。日本という国の力があれば、もっと全体が底上げされた豊かなライフスタイルができるはずですよね。そういった部分が充実していないというのは、日本人の成熟度が低い面の1つの現われだと思います。

 自治体や官公庁も盛り上げるために動いてはいるのでしょうが、予算を取って大きな工事をしても、誰もハッピーになっていない。そこでまた予算を取って、工事をしてという繰り返しでどんどんおかしくなってる。

――ITに関しても、政府はいろんなプロジェクトを動かしています。情報大航海時代やNGNやベンチャー育成など……。

亦賀:でも、本質的に新しいことをやろうとしてないんですよ。構想力が足りないというか。いまのITの力を考えたら、ほんとうに地球で何か違うことが起こるかもしれないから、やはりまず構想力、構想のスケール、そこを大きく広げなければなりません。今政府が行っているプロジェクトもそういう観点から再点検すべきです。

――政府のプロジェクトというのは、きちんと成果をあげているのすか?

亦賀:お金ばっかり使って何のためにもなっていない。ベンダーも伸びず、人も成熟しないで、お金だけが出て行く。今IT業界には優秀な人材がなかなか入ってこないんです。学生からは3Kの職業だと思われている。学生が夢を持って入ってこないから、すごいものを作るクリエーターも育ちにくくなっている。

 構想力とか難しそうなこと言っていますが、もっとシンプルに言えば、(自分のノートPCを指差して)「こんなパソコンで満足できますか?」ってことですよ。これがITの終着点じゃないでしょ。もっと夢のある世界だったんじゃないですか? コンピュータの世界って。

 Googleの人たちが考えていることも基本は同じでしょう。誰もやったことがないことをしたい。月に行くのが現実になったんだから、火星に行ってみよう、とか。ドバイの開発も一緒ですよ。砂漠のど真ん中に最高級のリゾートを作る。それにどんな意味があるかなんて関係なく、すごいことをやろうというエネルギーですよね。

 そういうすごいことをやりながらも、全体の底上げも同時にしていかなければならない。日本がおかれている状況は深刻ですが、それを嘆いているだけでははじまらないので、まず議論をして、さまざまなことを提言していきたい。それが、みんなが何かを考え始めるきっかけになればいい、と思っています。

――本日はどうもありがとうございました。

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