シームレスなデータ流通に向けた進化
クリップボードは当初から、そこに記憶する情報の種類は問わない、ということを基本方針として実現されていた。標準的なテキストや画像データだけでなく、ある特定のソフトにしか解釈できないデータでも、そのソフト内で出し入れして利用するぶんには自由だった。もちろんほかのソフトとデータを交換する場合には、標準的なデータ形式を利用する必要がある。しかしクリップボードは、テキスト、画像に加え、音声、動画など、標準的なデータ形式のサポートを拡大しつつ進化してきた。
クリップボードの場合、一度に記録できるのは、1種類かつ1まとまりのデータ1つに限られている。別のデータを入れると元あったデータは何の警告もなく消えてしまう。また、当初はMacの電源を切ればクリップボードの内容も消えてしまうという仕様だった。こう書くとすこぶる不便なようだが、それに対する苦情はあまり聞いたことがない。ほとんどの人は、その存在をまったく意識することもなく利用しているだろう。おそらく人間の短期的な記憶の特性とうまくマッチしているからだと思われる。クリップボードに複数のデータを入れられるようにする試みもあるが、広く利用されるには至っていない。
初期のMacでは、クリップボードの記録が一時的なものであり、ほかのデータを入れると元データが消えるという欠点を補うために「スクラップブック」というソフトが付属していた。クリップボードの内容をファイルに保存したり、素早く閲覧して必要なものをすぐにクリップボードに戻せるという、画期的な機能を備えていた。
Macではその後、ドラッグ&ドロップという操作方法も加わり、主に異なるソフト間でのデータ転送のために、クリップボードと並んで使われるようになる。いずれも柔軟性を旨として設計されており、ユーザーは送り出す側と受け取る側のデータの整合性などは、あまり気にする必要はなかった。データを受け取るソフト側で、その機能や都合に合わせて最大限に解釈するようになっていたからだ。
Windowsでも、早くからクリップボードを装備し、Macと同様のコピー(カット)&ペースト操作ができるようになっていた。そのあとに登場したドラッグ&ドロップ操作も含めて、このインターフェースに関してはMacに追従するかたちで、一歩遅れて進化してきた。しかし、早くからMacより強力な機能を実現していたものが、少なくとも1つある。それは、クリップボードを介したファイルのコピーや移動機能だ。Macでは、ファイルのコピーができるようになったのはOS X以降だし、混乱を避けるためと思われるが、カット&ペーストによるファイルの移動はいまだに実現していない。
Windowsの場合には、多くの機能がファイルを扱うコマンドで構成されていた「MS-DOS」を前身としていたところから、その機能に対するこだわりがあったように思われる。MS-DOSでは、「コピー」と言えばファイルのコピーのことであり、Windows 3.1までの初期のWindowsでは、メニューから「コピー」選択すると、ファイルコピーのコマンドをそのままGUIに置き換えたような機能を利用することができた。
(MacPeople 2008年3月号より転載)
筆者紹介─柴田文彦
MacPeopleをはじめとする各種コンピューター誌に、テクノロジーやプログラミング、ユーザビリティー関連の記事を寄稿するフリーライター。大手事務機器メーカーでの研究・開発職を経て1999年に独立。「Mac OS進化の系譜」(アスキー刊)、「レボリューション・イン・ザ・バレー」(オライリー・ジャパン刊)など著書・訳書も多い。また録音エンジニアとしても活動しており、バッハカンタータCDの制作にも携わっている。
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