危機の実態を知らない経営陣
今年1月、NHKの新会長に福地茂雄氏(元アサヒビール社長)が就任し、副会長や理事も大幅に交代した。経営陣からは一様に「NHKはがけっぷちに立っている」「未曾有の危機だ」といった言葉が出てくるが、元同僚(私もかつてNHKに勤務したことがある)に聞いてみると、その危機感が現場とずれているのが気になる。
世間的に見ると、NHKの危機とは、昨今の横領やインサイダー取引などの不祥事だろう。それについては、弁護士を委員長とする第三者委員会を発足させるなど、きびしいコンプライアンス体制がしかれ、職員全員を査問するなど「内部統制の強化」に多大なエネルギーがさかれているようだ。
NHK職員の士気が低下している
しかし今回のインサイダー取引事件の根本原因は、20年前の(セキュリティにほとんど配慮していない)ニュース原稿システムをそのまま使っていたことにある。金もうけに悪用できる情報を、ほとんど無防備で8000人以上の目に入る状態にしておいたら、一定の確率で不正が起こるのは当たり前だ。
情報セキュリティの基本は、そういう「性悪説」を前提にしてリスクを最小化することだが、経営陣は「綱紀粛正」をとなえるばかりで、情報システムの欠陥(局内に何系統もバラバラのネットワークがある)にも手をつけない。職員を犯人扱いする過剰コンプライアンスが組織を窒息させ、士気を低下させている。
放送というのはクリエイティブな仕事だから、このように職員のモチベーションが最低になっていることが、NHKの真の危機である。この背景には、経営陣のほとんどを占める放送職(記者やディレクター)の人々が、情報システムはおろか放送システムの中身も知らず、技術陣に丸投げしている問題がある。
これは高校のころから文系と理系を分けてしまう日本の教育システムにも問題があるが、テレビ技術が成熟していた時代なら、それでもよかった。しかし今は、インターネットによって通信と放送の境界がなくなり、100年に1度ぐらいの大変革が起こっている時期である。経営でも番組編成でも、メディアについての技術的な知識なしでは正しい判断ができないのだ。

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