日本のノートパソコンを支える工場を見た
島根富士通、ノートパソコン生産2000万台を達成! (1/3)
2008年02月25日 09時00分更新
文● 編集部 小西利明
富士通(株)の関連会社である島根富士通(株)は22日、同社で製造されたパソコンの生産台数が累計2000万台を達成したことを発表した。
同日、同社本社工場では2000万台出荷の記念式典が行なわれたほか、報道陣に対して工場の生産ラインの公開が行なわれた。ここでは貴重な工場内部の様子と、品質向上に向けた同社の取り組みについて紹介したい。
島根から日本へ、世界へ送り出される
FMVのノートたち
島根県斐川町(ひかわちょう)にある島根富士通の本社工場。写真がA棟で、同じ規模のB棟が奥にある。敷地自体はさらに2棟ほど建てられる余裕があるが、すでにある2棟の生産性を改善することに注力しており、追加棟の建設は予定がないとのこと
富士通のノートパソコンは、日本のみならず世界に出荷されるすべてが、島根県にある島根富士通の本社工場で製造されている。ちなみにデスクトップパソコンは、福島県の富士通アイソテック(株)で製造されている。
工場のある一帯は斐川町の工業団地となっている。地図を見てのとおり、山陰自動車道の入り口や出雲空港にほど近い場所にあり、物流の便がいい土地だ。加えて、地盤が強固で地震にも強い土地柄である点が、工場設立に際してのポイントになったという。
工場の設立と操業開始は、今から18年前の1990年。FMVシリーズはまだなく、FMRシリーズや、CD-ROMドライブ搭載のマルチメディアパソコンとして一世を風靡した「FM-TOWNS」などの製造が行なわれていたという。
ロビーでは、工場で生産されているマシンやその構造、製造技術の特徴などを示す展示が行なわれている。工場創立から現在までを示す年表もあり、ここ18年のPCの歴史がうかがえる
工場のロビーには同社の歴史を示す年表が、工場で生産された節目の台数のマシンと共に展示されている。それによると、1995年にFMVシリーズのノートパソコン生産に特化し、それからはノートパソコン一本で今に至る。
1994年8月の50万台を記念した金色のデスクトップ(型番等は不明)。当時はまだデスクトップも生産していた
1年後の1995年8月には累計100万台を記録。100万台目は「FMV-475NL/S」。CPUは486DX4(75MHz)だった
一気に飛んで、2000年7月の500万台目「FMV-BIBLO NE4/50C」(左)と、2003年6月の1000万台目である黄金の「FMV-BIBLO NB18D/F」。2000万台目もここに並ぶのだろうか
節目の台数を記録した際の歴代記念マシンも展示されていた
大手メーカーのノートパソコン全量を生産しているだけに規模は大きく、敷地面積は18万m2、従業員は1600名。A棟とB棟の2棟があり、いずれも2階建てとなっている。2棟による年間の生産台数は約240万台(直近の数字)に達するという。来年度には約260万台と、さらなる増産も予定されているようだ。
工場で製造されているノートパソコンの中身や部材、製造上の取り組みも展示されている。これは最新の「FMV-BIBLO LOOX R」のマザーボード。10層基板を使用した非常に密度の高い製品
こちらはプリント基板上に実装されるパーツ類。小さなものでは1平方mm未満しかなく、機械による組み立ての際には、針の先から空気を吸い込む機械でパーツを吸い上げて、狙った場所に設置するという
リサイクルへの取り組みも積極的に進めている。左は輸送に使う木製のパレットを細かく破砕して作った木炭。右は梱包材の発泡スチロールを圧縮してインゴットに固め、それをサインペンのボディーなどに再利用している例。木炭やインゴットの生産は別の企業で行なっている
外部の人間では目にする機会のない、コンセプトモデルも展示されていた。これはLOOXシリーズの超薄型モバイルノート
超薄型モバイルノートの側面。本体部分の厚さは10mm程度のようだ。非常にカッコイイので、商品化を期待したいところだ
こちらは液晶ディスプレー一体型の小型デスクトップ。ノートの技術を応用して作られているようだ。ディスプレーにはタブレット機能が搭載されている。手前のキーボードはディスプレー面のカバーとして、本体に取り付けられるように見える
カテゴリートップへ