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池田信夫の「サイバーリバタリアン」第3回

消費者行政は、インターネットに学べ

2008年02月12日 19時14分更新

文● 池田信夫(経済学者)

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 支持率低下に悩む福田内閣が、消費者行政を看板にしようと「消費者行政推進会議」を設置した。本日(12日)初会合が開かれ、いろいろな省庁にまたがっている消費者行政を一元化した新組織の創設にむけて検討が始まった。

 これは直接には、昨今の食品偽造騒動がきっかけだが、経済産業省や農林水産省は「屋上屋を架すものだ」とか「行政改革に逆行する」などと反対している。しかしこれは逆だ。いま彼らのやっている産業振興行政こそ、もういらないのだ。



明治以来の「殖産興業」が抜けない日本の官庁


 先週、経産省の北畑隆生事務次官の「デイトレーダーはバカで浮気で無責任だ」という発言が、大きな話題になった。彼は「誤解をまねいた」と釈明したが、普段思っていなければ、こんな言葉は出ないだろう。ここには、大事なのは企業と大口株主だけで、個人投資家なんてゴミみたいなものだ、という官僚の本音が出ている。明治以来の殖産興業を国是とする官僚機構の体質が、今も残っているのだ。

 しかし市場経済の原則は、消費者主権である。企業が生産するのは、その財・サービス※1によって消費者の効用※2が高まるからであって、消費者余剰(効用-価格)が最大になり、企業の利潤がゼロ(価格=費用)になるのが理想的な状態だ──と経済学の教科書には書かれている。

 つまり選択の権利は消費者にあり、企業はそれに奉仕するかぎりで存在できる「手段」に過ぎない。もっといい企業が出てきたら市場から退場すべきなのだ。エネルギーが石油に変わったら炭鉱はなくなり、音楽がネット配信になればレコード会社はつぶれるかもしれない。それが市場経済のルールであり、レコード会社を守るために消費者の権利を制限するのは本末転倒だ。

 企業を振興する産業政策は、日本が途上国だった時代の遺物だ。おかげで官庁が業界ごとに縦割りになっているため、政策が「業法」として立案され、政治的発言力の強い農業や財界系企業を保護する政策ばかりできる。それによる高い農産物価格や低い株価などのコストは消費者が負担するが、彼らの利害は薄く広く分散しているので、大きな政治力にならない。

※1 経済用語で何らかの価値を持つものを指す。有形であれば財、無形であればサービスと呼ばれる
※2効用 経済用語で、人が財・サービスを消費することで得られる満足度合いのこと


(次ページに続く)

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