美しい哲学を備えたツール
今回は、自分の思考を支援するために使い込んできた3種類のマシン、Star/Lisa/Macについて、その思い出を思いつくままに書き留めた。
Macには強い血脈を感じる。巷で市場を席巻するマシンには決して流れていない、オリジン(Star)からの血の流れである。
振り返って見て、自分が大変幸せだと思えるのは、一貫した哲学と美学に貫かれたマシンとともに、自分の30年にわたる研究者人生を歩むことができているという点だ。
どのような思考の道具を使うかにより、人々の知的生産活動のスタイル、そして思考法そのものまでも大きく影響を受ける。使い慣れたツールは、人間の思考方法と一緒に進化する。そして、最後に拡張された脳の一部にまでなってしまう。
使い込んだツールの提供する情報表現とそれを操作するためのユーザーインターフェースは、そのまま私たちが「世界」をどのように見るかという視座を規定する。だから、美しいツール、美しい哲学を持ったツールを通して世界を視ることがとても大切なのだ。若いころに最高の名画をたくさん鑑賞することで、美意識というエンジンを備えた目を作り上げられるのと同じ原理である。
美学を持たないツールが巷にあふれる今日、これからも進化し続けるMacの世界で一緒に成長できることを期待している。
30回に渡る本連載も、今回でひとまず最終回を迎える。長い間のご愛読、心から感謝申し上げたい。また、いつも遅れ気味の原稿を辛抱強く待ち、さらにわかりやすく訳注などを付けてくれた担当編集者に、ここであらためて深謝して幕を閉じよう。
(MacPeople 2007年12月号より転載)
筆者紹介─石井裕
米マサチューセッツ工科大学メディア・ラボ教授。人とデジタル情報、物理環境のシームレスなインターフェースを探求する「Tangible Media Group」を設立・指導するとともに、学内最大のコンソーシアム「Things That Think」の共同ディレクターを務める。'01年には日本人として初めてメディア・ラボの「テニュア」を取得。'06年「CHI Academy」選出。「人生の9割が詰まった」というPowerBook G4を片手に、世界中をエネルギッシュに飛び回る。
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