挑戦のためのエネルギー
彼の講義は難解である。
1950年代から彼が取り組む「コレクティブ・インテリジェンス」というビジョンは、常に時代の先を走っている。重みのある彼の言葉をきちんと理解するためには、相当な知的努力と想像力が求められるのだ。かくいう私も、彼の講演でとったノートを眺めながら、彼の放ったメッセージの意味をずっと考え続けている。
そんな彼がタンジブル・メディア・グループのラボを訪れて、「musicBottles」「I/O Brush」「topobo」「SandScape」などのデモを見たときに、目を輝かせて最上の賛辞を贈ってくれた瞬間を今でも思い出す。最高の瞬間だった。自分が神様と仰ぐ彼が、自分の仕事の価値を素直に喜びとして表現してくれたことは、何物にも代え難いエネルギーを私にもたらしてくれた。
新しいことをゼロから始めようとするとき、先行指標はない。あるのは、リスクと信念、そして情熱だけだ。私はダグラス・エンゲルバートという偉大な先輩の存在を知ることで自分の挑戦のために不可欠なエネルギーをもらうことができた。5月18日、長い討論のあとの別れ際に、私は彼に伝えた。
「あなたがいなかったら、あの偉業がなかったら、僕は存在しなかったし、これらの作品も生まれてこなかった。本当にありがとうございます」
(MacPeople 2007年11月号より転載)
筆者紹介─石井裕
米マサチューセッツ工科大学メディア・ラボ教授。人とデジタル情報、物理環境のシームレスなインターフェースを探求する「Tangible Media Group」を設立・指導するとともに、学内最大のコンソーシアム「Things That Think」の共同ディレクターを務める。'01年には日本人として初めてメディア・ラボの「テニュア」を取得。'06年「CHI Academy」選出。「人生の9割が詰まった」というPowerBook G4を片手に、世界中をエネルギッシュに飛び回る。
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