日本のアニメが毎週見られるか心配だった
ところで、月並みな質問だが、日本を遠く離れたベトナムに住んで不満はないのだろうか。
「3ヵ月目を越えたあたりから辛くなってきました。平気だとは思ったんですけどね(苦笑)」
矢部氏が唯一心配していたのは、毎週放送されているアニメが見られるかどうか。
「でも、それはすぐに解決しました。日本の自宅にあるHDDレコーダーに録りためたアニメを、自作サーバーを通してベトナムでも見られるようにしたので問題はありません」
さすがアニメ会社のパソコン全般を任されているだけのことはある。
「ほかにはゲームを日本からたくさん持ってきたし、定期的に日本に戻りますからそのときに新しい作品を仕入れています。だから、辛いことはないと思ったんですよ」
それでは3ヵ月で何が辛くなったのだろう。
「ベトナムにいると、ちょっとしたことができないんです。それが辛い。当たり前すぎて意識していなかったんですけど、どうも私は仕事が忙しくてストレスがたまってきたときに、コンビニでお菓子を買ったり、評判の新刊コミックスを見つけたりして気を晴らしていたようです。そのことを改めてベトナムで気付かされたんですよ」
日本国内なら、あまりに日常で何の疑問も持たずに行なえる小さなことが、異国の地ではできない。この小さな積み重ねが、矢部氏のストレスを大きくさせていった。
ベトナム美人よりも「二次元」を選ぶ
しかし、そんな矢部氏にも楽しみができた。ベトナムは最高だという。
その楽しみとは、ベトナム人の女の子だ。
「身体は細くて小柄で、肌は浅黒い。しかも元気で明るいと、まさに私のストライクゾーンでした。ベトナムの女の子はルックスも好みなんですが、ちょっとした仕草がカワイイ。彼女たちからすると、そのことについてはあまり自覚がないみたいなんですけど、とにかくゲームやマンガに出てくるような仕草をしてくれる子が、現実に出てきたような感じです。別の言い方をすると、ちょっと子供っぽいところが魅力なんです」
日本人サラリーマンや欧米人がベトナムの女の子にハマってしまう気持ちが分かるという。
「でも、私はいわゆるオタクなので、景色と同じように感じてしまうんですよね。そこにいる人はあくまでそこにいる人。手軽に関わりを持てる二次元のほうが三次元よりいいと感じてしまうのかもしれません(笑)」
異国に駐在する日本人。日本の豊かさから離れたときにじわじわと迫る不足感に、どう対処していくか。富裕国に決して制作スタジオを作ることのない日本のアニメ産業だけに、この問題は切実かもしれない。
筆者紹介──柿崎俊道
アニメ、ゲームの作り方を中心に取材を続けるフリーランスのライター。著書に「聖地巡礼 アニメ・マンガ12ケ所めぐり」(キルタイムコミュニケーション)、「Works of ゲド戦記」(ビー・エヌ・エヌ新社)など。