アニメ制作会社「スタジオキャッツ」のベトナムスタジオ「AXIS & キャッツ」には、現地責任者としてひとりの日本人スタッフが常駐している。矢部裕之氏、28歳。明治大学を卒業して、フリーターとして過ごした後、スタジオキャッツに入社した。
「最初は海外便スタッフとして入社しました。その後、事務所拡張に伴なって社内LANの導入や外部スタジオへのデータ送りシステムの構築を行ない、スタジオキャッツのパソコン関連全般を見るようになりました」
海外発注の命綱を握る28歳
「海外便」や「データ送り」は耳慣れない言葉だが、これは海外の下請けへ発注する際のアニメ業界の用語である。
アニメ業界の海外下請けは、コンピューターがなかった頃から始まっている。インターネットがなかった過去には、飛行機で紙に描かれた「原画」をスタッフが手荷物として輸送していた。そして、下請け先で「原画」をもとに「動画」を描く。スタッフは完成した「動画」を回収して帰国するのである。この一連の流れを海外便と呼ぶ。
「データ送り」は海外便の流れをインターネット上で行なうこと。大雑把に言えば、「原画」の正確な線と指示が下請け先に伝わればいいのだから、わざわざ飛行機を使って日本のアニメーターが描いた本物を送る必要はないのだ。
日本で描かれた原画はスキャニングして、データ化される。それをサーバーにアップして、スタジオキャッツのベトナムスタジオでダウンロード後、原寸大でプリントアウトする。そのプリントアウトを元にして、ベトナム人スタッフが動画や仕上げの作業を行なうのだ(下記コラム参照)。データ送りのおかげで、大幅な納期短縮、コストカットが果たされた。今や多くのアニメ制作会社がデータ送りのシステムを揃えている。
ベトナムスタジオにとって、矢部さんの管理するインターネット環境はまさに「命綱」である。
ただし、「データ送り」の普及で「海外便」がなくなったわけではない。海外アニメーターが描いた「動画」は知財管理のため回収する必要がある。今でも多くのスタッフが諸外国を行き来しているのだ。
1枚1枚手描きしている! アニメの制作行程
アニメの動くキャラクターは、大きく言うと(1)原画、(2)動画、(3)仕上げの3つの工程を経て完成する。
原画は、キャラクターの動きの設計図を描く作業。動画は、その設計図にしたがって絵を清書し、「中割り」と呼ばれる原画と原画の間を描く。さらに色塗りのための「塗り指定」を行なう。ここまでは紙の上で行なわれるアナログ作業である。完成した動画はスキャニングされ、仕上げ担当者に渡される。
ちなみに原画担当者を「原画マン」、動画担当者を「動画マン」といい、両者の総称を「アニメーター」と呼ぶ。
仕上げはパソコンを使う作業で、動画のスキャニングデータの「ゴミ取り」「線補正」「塗り(ペイント)」を行なう。ここで重要なのは「線補正」の際に動画の生きた線を殺さないこと。アニメは線が命であるため、「仕上げ」にも高度なセンスが要求されるのである。
こうして作られるアニメの絵は、30分のテレビ番組で3000枚~6000枚といったところ。1枚1枚、丁寧な手作業によって制作されているのだ。