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石井裕の“デジタルの感触” 第21回

石井裕の“デジタルの感触”

ロンドンの科学博物館で見た過去と未来

2007年12月10日 03時51分更新

文● 石井裕(MITメディア・ラボ教授)

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触れられる物理モデル


Science Museum

Exhibit at Science Museum in London

Science Museum

Exhibit at Science Museum in London

 私がこの科学博物館に抱いていたあこがれは、科学を教えるための多様な物理モデルにある。ここには、幾何学や化学、光学、物理などを教えるために工夫された多様な物理モデル、さらには蒸気エンジンや飛行機、船舶のモデルなどが展示されているのだ。

 現在こうした物理モデルは、ほとんどの授業においてコンピューターがスクリーン上に描き出すグラフィックに取って代わられている。それはかつて、美しい工芸品的なモノとして存在し、教師や生徒の手に握られて操作されることにより、学習に貢献していた。

 「モノをつかみ、それを身体空間の中で操作する」──このプロセスを通じ、人間の頭脳と身体を使って現実を理解する。さらにそのプロセスを周囲の同僚と共有することにより、お互いの理解を確かめ合ったり、教え合ったりも自然にできる。これは私の研究テーマ「タンジブル」の根本的なアイデアである。



物理モデルにデジタルの未来を感じる


Science Museum

Exhibit at Science Museum in London

「Tangible User Interface」(TUI、タンジブル・ユーザー・インターフェース)は、汎用的な「Graphical User Interface」(GUI、グラフィカル・ユーザー・インターフェース)とは異なり、ある問題に特化してデザインされるべき専用インターフェースである。従って、有効なTUIを設計するためには優れたアプリケーションの選定が欠かせない。

Science Museum

Exhibit at Science Museum in London

 そのアプリケーションのアイデアを求めるためにこの科学博物館を訪れたのだが、その意味ではまさにアイデアの宝庫のような場所だった。

 抽象的な科学概念を、物理的な実体を備えた教育ツールの操作を通じて学ぶという手法。ここにデジタル技術を加えれば、さらにその効果を高められるだろう。物理モデルをデジタル技術で代替するのではなく、その手で触って操作し、物理的な機械の歯車ではなし得ない多様な結果をデジタル技術でフィードバックする。デジタル技術との融合だ。

 MITで私たちのチームが開発した「curlybot」や「topobo」、そして「I/O Brush」などは、そのような思想から生まれた、どこかなつかしく、それでいてまったく新しいメディア※4なのである。

※4 本連載でも幾度となく紹介してきたタンジブル・メディア・グループのプロジェクトについては、次のウェブサイトを参照のこと:http://tangible.media.mit.edu/projects/

Science Museum

Exhibit at Science Museum in London

 デジタル技術に置き換えられて不要になり、その結果、博物館行きとなってしまった教育のための物理的ツールにこそ、私はデジタルの未来を感じる。私にとって博物館は過去の集積というだけでなく、未来をも見せてくれる時空間連続体である。

 科学博物館の展示に夢中になり、気がつくと6時の閉館のアナウンスが流れる時間を迎えていた。そして手に握りしめたデジタルカメラには、半ば無意識でとり続けていた200枚の写真が、びっしりとたまっていた。

(MacPeople 2007年3月号より転載)


筆者紹介─石井裕


著者近影

米マサチューセッツ工科大学メディア・ラボ教授。人とデジタル情報、物理環境のシームレスなインターフェースを探求する「Tangible Media Group」を設立・指導するとともに、学内最大のコンソーシアム「Things That Think」の共同ディレクターを務める。'01年には日本人として初めてメディア・ラボの「テニュア」を取得。'06年「CHI Academy」選出。「人生の9割が詰まった」というPowerBook G4を片手に、世界中をエネルギッシュに飛び回る。



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