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石井裕の“デジタルの感触” 第19回

石井裕の“デジタルの感触”

東京のスピード、ネットのスピード

2007年11月24日 22時59分更新

文● 石井裕(MITメディア・ラボ教授)

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バケツリレーの電子メール


 東京の地下鉄ネットワークを移動しながら、ふと初期の電子メールネットワークのことを思い返した。

 '80年代半ば、電子メールの数十%は、「私のメール、届きましたか?」というメッセージを運んでいたという冗談が真実味を帯びるほど、電子メールは信頼性に欠けたメディアであった。

 そのころは、UNIXマシンを結ぶUUCPという通信プロトコルで、電子メールをマシンからマシンにバケツリレーしていた時代だ。UUCPは「Unix to Unix CoPy」の略で、古くからUNIXマシン間の情報転送に使われてきたピア・トゥ・ピアの接続方式。電子メールやファイルを交換するために、一定間隔またはユーザーの要求に応じて、電話回線を使い遠隔地にあるコンピューターに接続する

※ ピア・トゥ・ピア接続が基本のUUCD方式では、メッセージの送信先となるユーザーのUNIXマシンに直接接続するのが理想的。しかし直接接続できない場合は、中継地点となるマシンをパスとして指定する必要があり、ヘッダーには中継地点となったマシン名が明示的に記されていた。UUCDでは送信者のルーティングによってメールの配送時間に大きな差が出るうえ、中継マシンの指定が間違っていたり、1台でも接続できないマシンがあるとメッセージが届かなかったのだ。

 例えば、オランダの有名な中継マシンだった「mcvax」など、バケツリレーのノードとパスを一生懸命探しては、わざわざ特定のパスを通るように制御するという、現代では想像できないような技を競い、うまく中継されて相手に届けばラッキーという非常にのどかな時代でもあった。

 電子メールの流通量が圧倒的に少なく、信頼性にも欠けていたため、届くかどうかワクワクしながらコマンドを打ち込んだ。また、受信したメールの経路を分析しながら、世界を旅して来たメールのヘッダーに、変な愛着を覚えたりしたものだった。

 しかし今日、電子メールは苦痛+中毒以外の何物でもない。一日200通を超えたころから、流れ込むメールにどうにか追いつくだけで精いっぱい。今回のように過密スケジュールの出張などが入ると、未読/未処理メールの山をあっという間に作り上げてしまう。その結果、私の返事を望んでいた人たちに多大な迷惑をかけ、出張後、返事がすぐにできなかった非礼をメールで伝えることになる。しかし、お詫びのメールだけでどんどん時間が経ってしまい、生産性が激しく落ち込む日々が続くのだ。さらにスパムが大量に混ざり始めると、そのS/N比の低さには目もあてられない。


(次ページに続く)

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