たかが電卓……どこがそんなに違うのか?
HPのポケット電卓35周年記念モデルというのが出てきたのをご存じだろうか。その「HP-35s」の発売は、2007年7月だからいささか旧聞に属するが、HPの電卓といえば、まさに逆ポーランド記法(以下RPN)なのである。
私は、うかつにも9月にニューヨークで行われたHPのプライベートイベントの会場で実物を見るまで知らなかった。「なんで液晶の電卓が飾られているのだ? HPの古い電卓を飾るならLEDの表示でないとねぇ」なんて思っていたら、それが35周年記念モデルだったのだ。
RPNについて、簡単に触れておきたいと思う。
この方式では、普通の電卓で「1+2+3=」とやるところを「1 E 2+3+」と入力すると書いた。“1E”で「1を置く」、“2+”で「2を加える」、“3+”で「3を加える」という感じになる。キャッシュレジスターのように操作したとたんに答えが表示される。普通の電卓が“=”を押してはじめて答えという感覚に対して途中経過が絶えず表示されている安心感がある。
しかし、RPNの醍醐味はそのスタックを使った計算である。スタックというのは計算の途中経過を置いておく“棚”だと思えばよい。HPの電卓には、X、Y、Z、Tと4段の棚があり、Xに数字を置く(積む)と、Y、Z、Tが、押されるように内容が隣の棚に動いたりするようになっている。このスタックによって、いろいろと便利なことが起こる。
(1×2)+(3×4)+(5×6)=
などという計算は、
1E 2×3E 4×+5E 6×+
という操作でOK。M(メモリ)キーを使ったり紙のメモに書き出したりせずに、日常的な計算のレベルならよどみなくできる。このよどみなさ加減は、実際に身につけて使ってみないと分からないかもしれない。ほかにも、「Last X」(最後に入力した値を呼び出して使う)など、HPの電卓ならではの便利なワザがいろいろとあるのだが……。
世界中に熱狂的な支持層のいた電卓
さて、RPN方式は、たしかに合理的な操作方法なのだが、学校で教える数式とは異なっている。そのために、RPN方式を採用したHPなどの電卓が、一般ユーザーに浸透することはなかった。
しかし、計算が勝負のエンジニアリングや金融の分野では、世界中に熱狂的な愛用者を発生させたのだ。1970年代から1980年代にかけて、世界中のテクノロジーを支えている部分があったのは間違いなかった。
ところが、パソコンが十分に普及してからは、かつてほど活躍の場がなくなってくる。そして、2002年には、HPが電卓事業から撤退することを決めた。そんな、一時期は風前の灯火ともいえる状態だったHPのRPN電卓が、危機を乗り越え、今回、35周年記念モデルまで発売できたというのは楽しい話ではないか。そして、RPNという操作方法にいま触れてみることにも意味があると思う。
HPの最初のポケット電卓「HP-35」の発売35周年を記念して発売された「HP-35s」だが、HP-35の復刻版というわけではない。本体デザインは、金融電卓のHP-17bⅡを踏襲しながらも1970年代風のレトロなデザインがサイコーである。パッケージには、HPの電卓の歴史DVDが付いてくる。日本では「July.co.jp」が扱っている。
さて、次回では、日本製ではRPN電卓は発売されていないと思われていたものが、実は存在したお話など、もう一歩踏み込んでお伝えする。
(後編に続く)