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【インタビュー】Photoshop誕生の秘密が今明かされる――ノール兄弟に聞く

ノール兄弟に単独インタビュー 「趣味が高じて……革命的な作品に」

2007年11月22日 09時00分更新

文● 千葉英寿

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ノール兄弟に単独インタビュー
「趣味が高じて……革命的な作品に」


 基調講演終了後に、ascii.jpではノール兄弟との単独会見の機会を得た。本稿では、基調講演では語られなかった秘話を交え、Photoshopがいかにして生れたか? について、トーマス・ノール氏、ジョン・ノール氏の2人へのインタビューをお伝えする。



―― おふたりはどんな兄弟でしたか?

ノリのいいノール兄弟
最後の記念撮影はこんな事に。意外にノリのいいノール兄弟のおふたり

トーマス・ノール氏(以下トム) 私たちの父は、原子力工学の大学教授なんですが、2人はその父からなにか趣味を持つように言われていました。私たちはその言いつけ通りに、いくつかの趣味を持ちました。それが高じて大きなものになっていったんです。

ジョン・ノール氏(以下ジョン) 私は模型作り。特に世界大戦中の戦闘機とかのね。ストップモーションフィルムもそうですね。スチール写真にも興味があって、自宅には暗室がありました。現像も自分たちでやって、爆発実験のようなこともあったんですよ。

トム 私は特に写真に興味があって、白黒からカラーの写真もやるようになりました。のちにPhotoshopの開発に関わる上で、知識のバックグラウンドとなって役に立ちました。実際に暗室で現像していると、白の調整で露光、黒でコントラストとか。とにかくこうした作業を暗室でやるのは大変で、それがいまやデジタルでできるのは魔法のようだと思います。
そして、もうひとつは模型飛行機。ジョンは動かないものが専門でしたが、私はラジコン飛行機とか、そういう動くものでした。いまでは趣味が高じて、自分でセスナ機を操縦して、カリフォルニアを行ったり来たりするのに使っています。

ジョン ふたりとも、自分が得意にしているものは独学で学んだものであり、習ったものではないところが一緒なんです。私は普段から、大好きなものを選んで、それを職業にすればきっと身になると思う、と言っているんです。

―― 趣味が高じて、プログラムを書く仕事をする事になると想像しましたか?

トム  コンピュータ・プログラムは、高校の授業で経験したのが最初でした。そのうち放課後も残って自分でプログラムを組むようになって、ハマりました。そのまま高校生のうちにプログラマーの仕事をもらっていました。大学生になっても続いて、大学ではコンピューター・エンジニアリングを研究することになりました。いま思えば、天職だったのかもしれません。

ジョン  私の場合、高校生の時に父が「Apple II」(アップルII)を買ってきました。それでプログラミングを覚えました。

トム 私はジョンより2歳半ほど年上なのですが、うちにアップルIIがやってきた頃は大学生で、すでにプログラムの仕事をしていたんです。高校の頃は、とっても遅い「タイムシェアリングコンピューター」という、インターフェースがテレザックのマシンで紙テープリード式のものでやっていました。

ジョン 私は南カリフォルニア大学に進学して、映画制作を学びました。コンピューターで制御した模型作り、モーションコントロールに興味を持ちました。その時の制御プログラムはアップルIIで作ったんですよ。大学を卒業して、L.A.でフリーのモデルメーカーを始め、その9ヵ月後にILMに入社したのです。映画の道に進むのは、高校生の時に決めていました。「スターウォーズ」を見た世代でしたので。

ノール兄弟のサインが入ったPhotoshopのパッケージ
ノール兄弟のサインが入ったPhotoshopのパッケージ。まさにお宝


最初にPhotoshopが使われた映画とは?


―― ILMに入社してどんな仕事を?

ジョン ILMに入って初めて手がけたのは、ディズニーランドのアトラクション映像でした。「キャプテンEO」や「スターツアーズ」です。スターツアーズは今も使われているんです。もっとも、リバイズをかけなければ(改修・変更しなければ)という話は出ているんですが。
映画に関わるのはその後で、その頃のILMは「ハワード・ザ・ダック」、「スタートレック4」、「ゴールデンチャイルド」などを制作していました。私は「ゴールデンチャイルド」で、モーションコントロールのオペレーターとして、初めてクレジットされました。ILMで仕事をすることになったので、趣味だったモーションコントロールは仕事になってしまいました。そして、その仕事に行き詰まったことがPhotoshopが生まれるきっかけになるんです。

―― いよいよPhotoshopの誕生ですね。

ジョン 私はフラストレーションがたまったり、仕事に行き詰まって問題を抱えたりすると、大学院で論文を書いていたトムに相談しました。兄に相談しにいくと、なんともすばらしいソリューションを作ってくれるんです。そうしてトムが作ってくれた画像処理のツールセットが「Display」という小さなプログラムで、そうしてPhotoshopができていったのです。

トム ジョンになにか相談されると、私は「それはできないよ」、と言ったものですが、後から「なぜそれを狙っているのか」を念頭において1日か2日考えるとできたんです。

―― 最初にPhotoshopを使用した映画は「アビス」ということでしたが。

ジョン そうです。使用したのはPhotoshopの1.0にも満たないバージョンでした。実際にどういうタスクだったかといいますと、劇中に水でできた「ウォータースネーク」というクリーチャーが登場します。これが水でできていますので、あらゆるものを環境光で反射します。周囲のものを写り込ませるために、スチルカメラで周囲を撮影して、それをひとつひとつつなぎ合わせるという、マニュアルな作業を行ないました。
1985年の当時は、こうした仕事の名称がまだ決まっていない時代でしたので、「コンピューターグラフィックス・デザイナー」という形でクレジットされています。Photoshop以外に使用したアプリケーションは自分たちで開発しましたが、いくつかの商用ツールも併せて使用しました。そのひとつは「Alias」(エイリアス)です。また、「RenderMan」(レンダーマン)の最初のバージョンも使用しました。当時はまだバージョン1で、モデリングなどの機能が若干入った程度の製品でした。

―― やはり、スターウォーズを作ったというのは“伝説”なんですね(笑)。

ジョン そうですね(笑)。私が関わったのは新しい方(「スターウォーズ エピソード I~III」)です。(「スターウォーズ エピソード IV~VI」の)特別版の制作にも多少は携わりましたが。

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