情報発信にかかるコストが低くなればなるほど、流れる情報の信頼性は不透明になる。「何の気なし」に適当なことを書く人もいれば、作為的に情報操作しようと考える人も出る。
「例えばウィキペディアなどで、官庁の職員が自分たちに都合のいい書き込みをしていた事例もある。ネット時代になり、『何が本当か?』の判断について慎重にならざるをえない状況が生まれています。そのときわれわれ新聞社の役割は何か? ということです。
朝日新聞社の編集局には2500人の社員がいます。これだけの数のプロの書き手を抱え、その2500人が昼夜出来事を取材している。そこまで手間をかけた素材を1年365日送り出せるのがマスメディアなんです。マスメディアが出す情報は(ネットとちがい)玉石混交があってはいけないし、すべてが公平、正確でなくてはならない。こうした情報を常時配信するのがわれわれプロの役割です」
朝日新聞のコアな読者ほどメリットがある会員制サイト
ところで読売新聞のサイト「YOMIURI ONLINE」では、コーナー「大手小町」の中に「発言小町」というQ&A掲示板を置いている。asahi.comでは今後、こうしたCGMを取り入れる予定はあるのだろうか?
「目下、検討中です。発言小町はにぎやかですね。現状、うちでは『アスパラクラブ』という会員制サイトがそれに相当するでしょうか。現在、会員数は140万人で、新聞社系では最大です」
アスパラクラブは入会金・年会費無料のサービスだ。asahi.comではトップページの目立つ位置にリンクし、アスパラクラブに読者を誘導している。サイトの内容は記者ブログ(コラム)や生活情報などのほか、ぴあと提携したチケットのオンライン販売サービスもある。
「記者ブログでは、紙面に載ったニュースのインサイドストーリーなどが明かされています。もちろん読者のコメントも出ます。また事件系だけでなく、芸術系や科学部的な記者ブログもあります。今後も数は増えるでしょうね」
アスパラクラブの会員は3種類あり、読める記事や受けられるサービスがそれぞれちがう。まず朝日新聞を1年以上購読している人は「グリーン会員」だ。次に購読期間が1年未満の人は「イエロー会員」、朝日を読んでいない人は「ホワイト会員」になる。つまり朝日新聞のコアな読者であればあるほど、メリットを享受できるしくみである。
新聞社は書き込みにどこまで介入すべきか?
アスパラクラブには、「アサ論!」という読者の投稿コーナーもある。毎回、運営サイドが議論のテーマを出し、会員がコメントを寄せる形だ。毎週木曜日に更新している。
「アサ論! では年金問題なども取り上げています。最近では自民党と民主党の党首会談をどう思うか? などもやりました。(運営ポリシーについては)個人名を出した誹謗中傷以外、コメントはふつうに掲載しています」
asahi.comはもともと朝日新聞の読者が多い媒体だ。またアスパラクラブは会員制である。ある意味、閉じられた空間だ。そのぶんハンドリングも容易だろう。
一方、新聞社がCGMを採用する場合、大テーマになるのは「完全に開かれた空間ならばどうなのか?」である。報道系サイトでは「オーマイニュース」のコメント欄が次々に炎上したのは記憶に新しい。運営サイドはいったいどこまで介入すべきか? 逆に、そもそも読者の反響をコントロールするのは正しいのか?
また運営主体である新聞社は、コメントとして書き込まれたことがらの正確性を担保すべきなのかどうか? コメントも自社コンテンツのひとつとして確度を保証するのであれば、すべての書き込みの裏取りができるのか?
新聞とインターネットの融合は、次々に新しい難題を生み出して行く。
松岡美樹(まつおかみき)
新聞、出版社を経てフリーランスのライター。ブロードバンド・ニュースサイトの「RBB TODAY」や、アスキーなどに連載・寄稿している。著書に『ニッポンの挑戦 インターネットの夜明け』(RBB PRESS/オーム社)などがある。自身のブログ「すちゃらかな日常 松岡美樹」も運営している。
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