視考の技術
「Visual Thinking」(視考)は、30年にわたる私の知的生産活動を支えてくれた、最も重要な思考の技術である。「視ること」「描くこと」「考えること」──この3つが三位一体であるという点が、視考の根底を流れる思想だ。
視考の教祖であるロバート・マッキム博士の名著「Experiences in Visual Thinking」を米スタンフォード大学の生協で初めて手にしたのは、今から15年ほど前になるだろうか。インタラクション・デザイナーとして、またビジュアル・シンカー(視考の達人)としても知られた友人ビル・バープランク博士※1に、この本を紹介されたのがきっかけだ。
※1 インタラクション・デザイン/人間工学の権威であるビル・バークランプ博士は、米ゼロックス社で「Star Infomation System」のユーザー・インターフェース研究に携わる以前、米スタンフォード大学でロバート・マッキム博士とともに「Visual Thinking」の教育に従事していたこともある。また、プロダクトデザインの世界にGUIの概念を導入し、「インタラクション・デザイン」というラベリングをしたことも彼の功績だ。その卓越した視考の技術は、彼のウェブサイトに掲載されたアイデアスケッチからもうかがえる。 http://www.billverplank.com/
語りとリアルタイムのスケッチが見事に同期した、ビルの技術は圧巻である。具体的な事物であれ、抽象的な概念であれ、フリップチャートやホワイトボードにわかりやすく次々と視覚化していく。そのスピードと豊かなビジュアル表現には驚くばかりだ。
かく言う私自身も、彼らの存在を知るはるか以前から、ビジュアル・シンカーの道を独り歩いてきた。考えながら、あるいは話しながら、その内容を紙やホワイトボードにカラーマーカーでどんどんスケッチしていく。その方法論を研究開発で実践してきた。
そして、NTTヒューマンインタフェース研究所に在籍した時代、距離を越えてグループによるビジュアル・シンキングを支援するメディアとして「チーム・ワーク・ステーション」や「クリアボード」を、当時の同僚だった有田一穂氏・小林 稔氏らとともに開発した。かれこれ十数年前のことになる※2。ちなみに、ビルとはこれらの共同描画(Shared Drawing)に向けたメディアの研究と、アイデアスケッチに対する共通の情熱から親しくなり、それ以来の友人となったわけだ。
※2 ビデオ通信を利用した共同描画グループウェア「チーム・ワーク・ステーション」や、その方向性を継承しつつ、離れた場所で「透明なガラス板を隔てて対話しながら、ガラス板に両側から描画する」というコンセプトを実現した「クリアボード」についての詳細は、タンジブル・メディア・グループのウェブサイトを参照のこと。
こういった視考は、基本的にその場で描かれた人間の手によるスケッチに基づいている。考えるスピードや話すスピードに、人間の手を使ったスケッチがどれだけ追いつけるか。そして、スケッチされたアイデアがどれだけの表現力を持ってほかの人へのコミュニケーションをサポートできるか。この2点が、その成否の決め手となってくる。従って、視考はアイデアを生成する上流工程、つまりブレインストーミングのセッションなどにおいて、特に有効になる。
(次ページに続く)
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