30年間、GUIを超えられぬユーザーインターフェース
今日ちまたにあふれるGUIは、30年以上も前に少数の天才たちが生み出したアイデアを、漸進的に改良した産物である。Altoの遺伝子はアップルにも伝わり、「Lisa」を経てMacintoshへと引き継がれて大きく発展したのは有名な話だ。
Starワークステーションが日本で使えるようになってからは、私はこの系列のマシンしか仕事に使ってこなかった。最初に書いた研究計画書はStar、初めて国際学会で発表した論文はLisa、Macintoshが誕生してからは現在のPowerBook G4に至るまで、美しいコンピューターだけを使ってきた。
これが指し示す皮肉な事実は、過去30年間、GUIに占領されたインターフェースデザインの分野で革新的な飛躍はなかったということである。残念だがこれが現実だ。
GUIはStarに搭載されて初めて世に登場したとき、すでにかなり成熟していた。その後は漸進的な改良か、場合によっては改悪の30年間であった。生物学的にとらえると、GUIという「種」はその進化の終着点に近づいている。いくらピクセルやアイコンを美しく見せても、それらは結局、ディスプレーの内側でのマイナーな漸進的改良に過ぎない。
メインフレームコンピューター、あるいはミニコンピューターにぶら下がった文字ベースの端末の時代をぶち壊し、イーサネットを核とした水平分散型のシステムアーキテクチャーを提案したStar。振り返ると、このとんでもなく革新的なインターフェースを持ったパーソナルマシンを生み出した人々の偉業を目の当たりにし、20代後半に入った自分は、今この世界に求められているのは過去のパラダイムを乗り越える新しいビジョンと、それを形にできる人間だと信じるようになった。今あるものを根底からぶち壊し、新たなパラダイムを生み出せる創造者が、強く求められていると考え始めたのだ。
パラダイムを乗り越えるために
革新的な概念が世の中に受け入れられ、社会の中で開花していくまでには険しい試練の道が待っている。人々に信じてもらうためのキラーアプリケーションの実装、布教活動のための長い長い時間、技術革新により性能を向上させてコストを下げる努力、美と機能が深く融合するデザイン力、アップルが成し遂げたような新しい文化の創出につながる強烈なメッセージ性など。
過去20年間に、多くのIT/テレコミュニケーション系の企業が未来を描いたビジョンを発表してきた。面白いことに、そのほとんどはアップルが20年あまり前に提示した「Knowledge Navigator※」の焼き直しのような既視感を覚える。
※ 「Knowledge Navigator」は'88年、ジョン・スカリーCEO時代のアップルが21世紀までに開発することを目標として掲げたコンセプトマシン。その内容を示したビデオでは、ノートサイズの端末に対話可能なエージェント(電子秘書)が現れ、タッチパネルと音声操作によるインターフェースを実現している。
次世代のITをリードする大企業、そしてそれを消費するユーザーたちが、同じような夢しか見られなくなったら未来はつまらない。ブロードバンドの携帯電話ひとつで、いつでもどこでもネットにつながる──確かにそういう未来もあるだろう。しかし、もう少し違った面白い夢を見る人が、もっとたくさん出てきてもいい。その夢をどんどん形にするデザイナーが、もっと出てきてもいい。
今私がMITで展開している「Tangible Bits(タンジブル・ビット)」の研究は、必ずしもそれを普及させて、商業的に成功させることが究極の目的ではない。最も大切なのは、皆が当たり前と思っている同じ夢に対して根本的な疑いを持ち、そして皆とは違う自分の未来を描き切ること。それが刺激となって、それぞれが自分の未来を思い描きはじめ、それぞれが違った未来を夢見はじめれば、もっと面白い明日につながるはずだ。自分たちの仕事が、そのための一石を投じることになれば幸いである。
(MacPeople 2006年3月号より転載)
筆者紹介─石井裕
米マサチューセッツ工科大学メディア・ラボ教授。人とデジタル情報、物理環境のシームレスなインターフェースを探求する「Tangible Media Group」を設立・指導するとともに、学内最大のコンソーシアム「Things That Think」の共同ディレクターを務める。'01年には日本人として初めてメディア・ラボの「テニュア」を取得。'06年「CHI Academy」選出。「人生の9割が詰まった」というPowerBook G4を片手に、世界中をエネルギッシュに飛び回る。
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