このページの本文へ

前へ 1 2 3 次へ

転職経験あり! 仕事人たちのストーリー 第14回

小説家志望からエンジニアへ転身。転職回数の多さは、スキルアップの道となる!

2006年11月09日 00時00分更新

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

佐藤真人さん(31) 株式会社サイバーエージェント 新規開発局 エンジニアグループ システムアーキテクト

佐藤真人さん(31)
株式会社サイバーエージェント
 新規開発局 エンジニアグループ
 システムアーキテクト

インターネット総合サービス企業の株式会社サイバーエージェントで、ブログや動画共有サービスを中心にサービス提供するブログメディア「Ameba」のシステムアーキテクトを務める佐藤真人さん(31)。これまで3度の転職を経てステップアップしてきた佐藤さんの成功の秘訣は何か。

佐藤真人さんの転職成功のポイント
・面接の場で激論を交わし、雇用先も自分も納得するまで話せた
・目標のためにスキルアップ計画を練り、足りないスキルを補うために転職すると考えた

現在の会社へ転職する際の応募データ

応募した企業数面接した企業内定した企業
3社3社3社
企業を選んだポイント
ユーザーの反応をダイレクトに感じられるBtoCの現場であること
一から新しいシステム作りにチャレンジできる環境であること

小説家志望からエンジニアに転身!

 大学で物理を専攻しつつ小説の創作活動をしていた佐藤さんは、小説家になることを目指して1997年、22歳のときに大学を中退。新聞配達などのアルバイトで生活費を稼ぎながら、執筆活動に専念するようになった。その後、佐藤さんはSF小説を書いては出版社に持ち込むということを続け、デビューを果たすことなく3年が過ぎていった。そんなとき、佐藤さんはエンジニアとして勤めないかとIT系出版社の編集者に誘われる。小説家を目指していた人が突然エンジニア? と驚くが、それには理由があった。

「実は、まったくの趣味ではあったのですがプログラミングをしていたのです。私がプログラミングをはじめたのは小学生のとき。父がファミコンと間違えて、セガのプログラミングができるコンピュータを買ってきたのがきっかけでした。ゲームをプログラムして遊んでいるうちに、いつしかプログラミングが趣味になっていました。それを知っていた編集者の方が、私をエンジニアとして誘ってくれたのです。もともと小説家になる夢は25歳までと決めていたので、これを機に夢をあきらめてエンジニアになることを考えたのです」

 こうして2000年にIT系出版社に契約社員として入社した佐藤さんは、Webコンテンツをバックエンドで作るシステムの改変や、新規Webサイトの個別間システムの改変を担当。プログラマとしての技術を磨いていくうちにプロジェクトを丸ごと任され、マネジメントや品質管理、スケジュール管理などを1人で行なうようになった。仕事の範囲が広がるにしたがって勤務時間が増え、1日に20時間も働くこともあった。

「過酷な日々でしたが、おかげで短期間のうちにエンジニアとして成長することができたのは確かです。今考えても、すべてが貴重な時間でした。特にありがたかったのは、当時の上司からエンジニアとしてのプロ意識を学べたことです。『納期を厳守する。顧客の要望にNoとは言わない。ただし、将来的に問題を引き起こすようなことであれば絶対に反対し、仕事には一切手を抜かない。ただのイエスマンになってはいけない』と言われたことを、今も大事にしています」

前へ 1 2 3 次へ

カテゴリートップへ

この連載の記事
最新記事
最新記事

アスキー・ビジネスセレクション

ASCII.jp ビジネスヘッドライン

ピックアップ