ミュージックボトルへ込めたもうひとつの思い
このプロジェクトの原点は、私が母親への贈り物として温めていた「天気予報の小瓶」のアイデアだった。台所で料理をしている最中、しょうゆ瓶のフタを開けるとしょうゆの香りが漂ってくる──彼女が慣れ親しんだ物理世界のモデルをベースに、天気予報というデジタル情報へアクセスするための青い小瓶をデザインしようと考えていたのだ。朝起きて枕元にある青い小瓶のフタを開ける。小鳥のさえずりが聞こえれば天気は晴れ、雨の音が聞こえてくれば、雨天というアイデアだ。
しかし、'98年の夏の終わりに長い闘病生活を続けてきた母が亡くなり、天気予報の小瓶をプレゼントする機会は永遠に失われてしまった。その年の暮れ、私と当時博士課程に在学していたリッチ・フレッチャーとのディスカッションからミュージックボトルのアイデアが生まれ、母への追悼の意味も込めてこのプロジェクトを開始することにした。翌'99年4月27日には敬愛するマーク・ワイザーが急逝し、彼が私に残した言葉がこれにさらなる個人的な意味合いを添える。
「My request is that you help me stop the spread of misunderstanding of ubiquitous computing based simply on its name.」(ユビキタス・コンピューティングの誤用がこれ以上広がるのを止める手伝いをしてほしい。)
ミュージックボトルは、私の母とワイザーの2人に捧げる贈り物(tribute)となった。
ミュージックボトルの広がり
パソコンや携帯電話が登場するはるか昔から人類の日常生活に遍在していたガラス瓶に、デジタルコンテンツを詰めることで、ミニマルかつユニバーサルな情報へのインターフェースを実現する。この可能性は、音楽コンテンツに限定されるものではない。例えば天気予報の小瓶はもちろん、詩の入った香水の瓶、物語の入ったワインボトルなど、多様な応用が考えられるだろう。実用性を追求するなら、薬瓶がたくさん置かれた棚を想像してほしい。薬の服用パターンと照らし合わせて患者に服用を促す、その情報を病院へ送るなど、ガラス瓶を使ったサービスはいくらでも考えられる。私たちの生活の奥深くに浸透しているが故に、ガラス瓶のインターフェースには数多くの用途が広がっているのだ。
デザインされたテーブル上のボトル、それを開けるときのガラスの感触、流れ出る音楽に同期してボトルの中で乱反射するLEDの光──それらは、独特の情緒的・審美的な体験を作り上げる。審美的な喜びは、単純なスイッチやマウスのクリックからは決して得ることができない。そして、この体験はあらゆるガラス瓶の中に入り得るコンテンツを想像するという喜びももたらしてくれる。インタラクティブ・アートとインターフェース・デザインとの境界線をも、あいまいにするのだ。
人々の日常生活に溶け込む「透明なインターフェース」に加え、機能や性能が中心の従来型インターフェース・デザインとは異なる美的価値の追求が、ミュージックボトル・プロジェクトの大切なメッセージなのである。
(MacPeople 2006年2月号より転載)
筆者紹介─石井裕
米マサチューセッツ工科大学メディア・ラボ教授。人とデジタル情報、物理環境のシームレスなインターフェースを探求する「Tangible Media Group」を設立・指導するとともに、学内最大のコンソーシアム「Things That Think」の共同ディレクターを務める。'01年には日本人として初めてメディア・ラボの「テニュア」を取得。'06年「CHI Academy」選出。「人生の9割が詰まった」というPowerBook G4を片手に、世界中をエネルギッシュに飛び回る。
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