iPhoneユーザーに100ドルクーポンを進呈
ところで、上記の記事執筆後、アップルから既にiPhoneを購入した人に100ドルのクーポンを提供するという発表が行なわれた。
Apple Special Eventの発表で、一番、不可解だったのはiPhoneの実質200ドル値下げだ。iPhoneの導入価格をiPod touchより、わずかに100ドル高いだけの399ドルにしたのは、ある意味、アグレッシブな戦略だ。それと同時に非常に危険な戦略で、今回のSpecial Eventの中で、一番ひやっとした場面でもある。
というのも、ただ「値下げ」とだけ聞くと、人々に「今のiPhoneは不調なのか」という懸念を抱かせるからだ。
iPhoneは、アップルが今年前半すべてを投げ打って完成した重要な商品であり、その売れ行きが滞っているとなれば同社にとっても一大事。値下げのニュースを見た株主達が、同社の将来を懸念したため、アップルの株価は下がった。
だが、実際にはジョブズの講演を聞くと、これはアップルにとって“攻め”の戦略であることがわかる。
アップルはそうでなくても人気の高いiPhoneを、価格を下げることでこれまで購入を渋っていたユーザーにまで一気に広め、クリスマス商戦での売り上げを当初の計画より大きく伸ばそうと考えたのだ。実際、iPhoneには本体の売り上げ以外にも、アップルが儲けるための仕組みが仕込まれている。
Apple Special Eventの発表は、こうしたイメージを抱かれることに対して配慮が少なかった。
わずか1日での方針転換
そして、もう1つ配慮が足りなかったのは、つい最近、iPhoneを買った人達への配慮だ。
以前のiPhoneは8GBモデルが599ドル、4GBモデルが499ドルで販売されていた。つまり4GB版を買った人々は、自分の購入価格よりも100ドルも安く8GB版が買えると悔しい思いをし、8GB版購入者は200ドルも値下げされたと悔しい思いをする。
6〜7月中にiPhoneを購入した人は、この自慢のマシンを人に見せてパーティーの人気者になることで十分に元は取ったはずだが、8月以降に購入した人の心中を察するとたしかに複雑だろう。
ジョブズは、前日には、「値下げはテクノロジーの常」と一刀両断していたが、たくさんの苦情を受け取った翌日には、こうした人達への思いを書簡でつづり100ドルを返還すると発表した。
株主に誤解を与えたり、顧客への配慮が最初に欠けていたあたりは、スティーブ・ジョブズも人間で、アップルも間違えをおかすという証拠といえよう。
しかし、ここが他の企業だと、しばらくはごまかしを続け、企業イメージに相当のダメージを与えてから方針を変換するところだが、わずか1日の間に180度の方向転換を図れる柔軟さ、これは今のアップルの大きな強みと言えるかも知れない。
(おわり)
林信行
フリーランスITジャーナリスト。ITビジネス動向から工業デザイン、インタラクションデザインなど多彩な分野の記事を執筆。『MACPOWER』『MacPeople』のアドバイザーを経て、現在、日本および海外の媒体にて記事を執筆中。マイクロソフト(株)の公式サイトで執筆中の連載“Apple's Eye”で有名。自身のブログ“nobilog2”も更新中。オーウェン・リンツメイヤーとの共著で(株)アスペクト刊の『アップルコンフィデンシャル(上)(下)』も発売中。