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石井裕の“デジタルの感触” 第7回

石井裕の“デジタルの感触”

デジタルの命を持つ粘土と砂

2007年09月01日 22時45分更新

文● 石井裕(MITメディア・ラボ教授)

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失われたデザイン感覚


 子供のころ、砂場で砂まみれになりながら時間が経つのも忘れて遊んだ記憶が、誰にでもあるだろう。そして幼稚園や小学校で、粘土をこねて新しい形を作り上げる喜びの記憶も……。当初、今回はインターフェースの透明化について語る予定であったが、引き続き、専門家によるデザインを支援するワークベンチについて稿を費やしたいと思う。

 コンピューターが生まれる以前の時代、人々は自然の素材を使って3次元形状をデザインした。古代の都市設計者は、粘土や小石、木片を使って都市景観をデザインした。素材に直接手を触れて、その感触を楽しみながら、自分の身体空間の中でアイデアを形にした。それを囲み、人々は未来の街について議論を重ねたのだ。

 しかし、残念ながらCADシステムが幅を効かす現代のデザイン環境では、粘土や砂の持つ連続的かつ自由な造形や、素材の感触を両手で確かめながら表現できる特質が欠落している。今回紹介する「Illuminating Clay」(輝く粘土)や「SandScape」(砂の風景)といったシステムを開発した最大の動機は、こういった失われた感覚を再びデザインの領域に取り戻そうと試みたところにある。

 また、前回紹介した「Urp」に代表される従来のシステムが、あらかじめ登録されたモデルに対するシミュレーションにしか対応しておらず、ダイナミックに形状を変化させるプロセスを支援しきれなかったことも、開発に乗り出した動機のひとつだ(参考記事)。


ダイナミックな形状変化の支援


 Urp※1は、建築モデルや風速計といった離散的なオブジェクトの空間的位置関係の直接操作を基に、日照や風の流れのシミュレーションを可能にした。とはいえ、個々の建築モデルの形状をあらかじめコンピューターの中にデジタル情報として入力してあることが条件になっており、セッションの途中で建築モデルの高さや屋根の勾配を調整するといった動的な形状変更には対応できない。リアルタイムに変化させられるのは、あくまで平面(2次元)上の位置と方位だけなのである。

※1 「Urp」については第6回目の記事のほか、アンダーコフラー/石井による次の論文を参照のこと:Underkoffler, J., and Ishii, H., Urp: A Luminous-Tangible Workbench for Urban Planning and Design, in Proceedings of Conference on Human Factors in Computing Systems (CHI '99), (Pittsburgh, Pennsylvania USA, May 15-20, 1999), ACM Press, pp. 386-393

 デザインの上流工程においては、物理モデルの形状自体をユーザーの手でダイナミックに変化させながら、理想に近い形状を探し出す試行錯誤的なプロセスが重要となる。それを支援する「Tangible User Interface(TUI、タンジブル・ユーザー・インターフェース)」は、刻々と変化する物理モデルの形状を捉え、それに応じて適切な計算結果を投影することにより、デザイン工程を支援できなければならない。


(次ページに続く)

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