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石井裕の“デジタルの感触” 第6回

石井裕の“デジタルの感触”

タンジブル・ワークベンチ

2007年08月29日 22時04分更新

文● 石井裕(MITメディア・ラボ教授)

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I/O BulbからUrpへ


 都市計画のためのワークベンチにTUIを応用したのがUrpであるが、その前に、その原点となる概念「I/O Bulb※1」(入出力電球)について触れておかなくてはならない。

※1 '96年にジョン・アンダーコフラーが「I/O Bulb」のコンセプトを考案し、博士課程の研究テーマとしてコンセプトの具現化や一連のアプリケーションを開発。「Urp」も、「入出力電球」というI/O Bulbのコンセプトを検証するためのプロトタイプのひとつになる。Urpについての詳細は、アンダーコフラー/石井による次の論文を参照のこと:Underkoffler, J., and Ishii, H., Urp: A Luminous-Tangible Workbench for Urban Planning and Design, in Proceedings of Conference on Human Factors in Computing Systems (CHI '99), (Pittsburgh, Pennsylvania USA, May 15-20, 1999), ACM Press, pp. 386-393.

 I/O Bulbは、建築空間の表面やその上でのモノの操作に、新しいデジタルの「意味」を付与する「電球」として考案された。エジソンが19世紀後半に発明した「電球」はひとつの光源(1×1ピクセルの光)で部屋を明るくするデバイスなのに対して、I/O Bulbは高解像度かつ双方向の光の流れを生み出すデバイスである。例えば都市計画といったドメイン知識に基づき、建築モデルの表面から集めた光子のパターンを「解釈」し、そのアプリケーションにマッチした「デジタルの影と光」を物理空間に投射する。

 I/O Bulbのプロトタイプは、ビデオカメラとビデオプロジェクターのペアで構成されている。机上のオブジェクトに光学的なタグを付加し、それをコンピューター・ビジョン技術を用いて認識・追跡している。計算されたデジタルの光や影はビデオプロジェクターによって机上に投影される。その投影位置を正確に調整することにより、あたかも机上のオブジェクト自身が影を落としたり、光を反射しているかのような幻想を作り出す。

Urp: shadows

Urp: shadows

 Urpはこれを発展させたもので、建築の物理モデルをI/O Bulbが照らす机の上に置くと、そこにコンピューターが計算した影を投影する仕組みになっている。もちろん、Urpが描き出すデジタル・シャドウは固定されたものではなく、時刻などの前提条件を変更すればデジタル・シャドウも様相を変える。「時計」を用意して針を回せば、時とともに刻々と変化する影の影響を調べられるし、光の反射をシミュレーションするといったことも可能だ。

Urp: shadows

Urp: winds

 さらに、地上での風の流れを視覚化し、「風速計」モデルを動かして任意の地点での風速を測るといったこともできる。I/O Bulbを使って物理モデルにリアルタイムのコンピューター・シミュレーションの結果を投影すれば、デジタルに表現された都市空間を自分の身体のある空間と連続した世界で理解し、直接操作できるのだ。マウスとキーボード、スクリーンによるインタンジブルな表現と、Urpのように専門特化したタンジブルな表現では、どちらが専門家のワークベンチとして適しているか想像に難くない。


(次ページに続く)

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