このページの本文へ

前へ 1 2 3 次へ

石井裕の“デジタルの感触” 第3回

石井裕の“デジタルの感触”

混迷するユビキタスの未来

2007年07月29日 21時11分更新

文● 石井裕(MITメディア・ラボ教授)

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

ネーミングの重要性


 ワイザーがタンジブル・ビットのビジョンに共感を覚え、さらにそれが彼のユビキタス・コンピューティングの思想と深い地下水脈を通じてつながっていることを明快に指摘してくれたことに、私は強い知的興奮を覚えた。彼がメールの中で述べたように、ユビキタスという言葉は、彼の思想を表現するには不適切なラベルだったのだと思う。

 コンセプトの発明者の仕事は、新しいコンセプトを生み出すことだけにとどまらない。そのコンセプトを人々に正しく伝えるための「ネーミング」が重要な仕事なのである。

 時代を超えて愛される普遍的なラベルは、強いビジョンに裏打ちされ、適度な抽象度を持たなければならない。そのラベルは手段ではなく目的を、人間にとって本質的な要件を、明確に言い切るものでなければならない。そして、確固たる実体がなければならない。  本来の意味を十分理解されず、マーケティングの文脈で濫用されているラベル「ユビキタス」は、残念ながら、かつてはやった「ニューメディア」や「マルチメディア」のように、一過性の流行歌のような運命にあると思われる。もしワイザーが生きていたなら、おそらく彼は「ユビキタス・コンピューティング」というラベルを捨て、「見えないコンピューター」をコアコンセプトとした新しいビジョンを作り上げていたに違いない。

 私が'99年に発表した「musicBottles※4」(ミュージックボトル)は、ワイザーの哲学のコアである透明なインターフェースの概念を自分なりに解釈して形にした作品である。これは、私からマーク・ワイザーにささげる贈り物だった。

musicBottles

musicBottles (c) 2000 MIT Media Laboratory

※4 Ishii, H. Bottles: A Transparent Interface as a Tribute to Mark Weiser, in IEICE Transactions on Information and Systems, Vol. E87-D, No. 6, pp. 1299-1311, June 2004

(MacPeople 2005年9月号より転載)


筆者紹介─石井裕


著者近影

米マサチューセッツ工科大学メディア・ラボ教授。人とデジタル情報、物理環境のシームレスなインターフェースを探求する「Tangible Media Group」を設立・指導するとともに、学内最大のコンソーシアム「Things That Think」の共同ディレクターを務める。'01年には日本人として初めてメディア・ラボの「テニュア」を取得。'06年「CHI Academy」選出。「人生の9割が詰まった」というPowerBook G4を片手に、世界中をエネルギッシュに飛び回る。



前へ 1 2 3 次へ

カテゴリートップへ

この連載の記事
Apple Store オススメ製品

ASCII.jp RSS2.0 配信中