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がん治療のルネサンス到来か、個別化mRNAワクチンの朗報続く

2024年05月06日 06時59分更新

文● Cassandra Willyard

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Stephanie Arnett/MITTR | Getty, Envato

画像クレジット:Stephanie Arnett/MITTR | Getty, Envato

研究者らはこれまで、がんワクチンについて長年研究してきたが、はかばかしい成果は得られなかった。だが、コロナ禍におけるmRNAワクチンの急速な進歩により、ようやく転換期に差し掛かろうとしている可能性がある。

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

モデルナ(Moderna)とメルク(Merck)は先日、有望な新しいがん治療の大規模臨床試験を英国で開始した。個人の腫瘍に見つかる固有の突然変異一式を標的とする、個別化ワクチンの試験である。この試験で登録しているのはメラノーマ(悪性黒色腫)患者である。しかし両社は、肺がんを対象とした第III相試験にも着手している。そして4月初め、バイオンテック(BioNTech)とジェネンテック(Genentech)は、共同開発した個別化ワクチンが生存率の低さで有名なすい臓がんに効果を発揮していると発表した

医薬品開発者は、人体の免疫システムががんと闘うのを助けるワクチン作りに何十年も取り組んできたものの、大きな成果には結びついていなかった。しかしこの1年の期待できる結果は、その取り組みが転換期に差しかかっている可能性を示唆している。新たな治療法は、ついに期待通りの成果を上げるのだろうか。

今回の記事では、がんワクチンについて話していこう(ご推察の通り、mRNAの話だ)。

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)対策としてmRNAを活用するずっと前から、企業はがんと闘うためにmRNAワクチン開発に取り組んでいた。バイオンテックが治療抵抗性のメラノーマ患者に最初のmRNAワクチンを提供したのは、10年近く前のことである。しかし新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミック(世界的な流行)が襲ったとき、mRNAワクチンの開発はワープドライブで一気に加速した。これらのワクチン接種に関して、現在は数十件の臨床試験が進行している。そして新型コロナウイルスに有効だったように、がん治療を変えることができるかどうかの検証がなされている。

最近のニュースから、用心しながらも楽観視する専門家もいる。メルクとモデルナは12月、がん摘出手術を受けたことのある150人のメラノーマ患者を対象とした初期の臨床試験結果を発表した。医師たちは約半年にわたり、ワクチンおよび免疫チェックポイント阻害剤として知られる薬剤を9回投与した。3年間の追跡調査の結果、この併用は、チェックポイント阻害剤を単独投与した場合と比較して再発または死亡のリスクをほぼ半減させていた。

バイオンテックとジェネンテックが16人のすい臓がん患者を対象に実施し、 報告した小規模な試験における新しい結果も、同様に素晴らしいものである。被験者たちはがんの除去手術後に免疫療法を受け、続いてがんワクチンと標準的な化学療法を受けた。半数の被験者がワクチンに反応した。そして治療から3年後、ワクチン反応があったうちの6人には今もがんの再発は見られない。反応があった残り2人は再発を経験した。ワクチンに反応しなかった8人の被験者では、7人が再発した。被験者のうち数人は、免疫系において重要な役割を果たすひ臓を持たないことでワクチンに反応しなかった可能性がある。彼らのひ臓は、がん治療の一環として摘出されていたのだ。

この方法は、さまざまな種類のがんに有効であることが期待されている。すい臓がんに加えて、バイオンテックの個別化ワクチンは、結腸直腸がん、メラノーマ、転移性がんでも試験が進んでいる。

がんワクチンの目的は、悪性細胞を識別する力を高め、破壊できるよう免疫系を訓練することである。 免疫系は、がん細胞を見つけることができれば、それらを取り除ける力を持っている。しかし腫瘍を捉えるのは簡単ではない。腫瘍はどこにでも潜むことができ、あらゆる手口を使って免疫防御を回避する。また、がん細胞は身体に元からあった細胞のように見えることが多い。まぁ、その通りではあるのだが。

しかし、がん細胞と健康な細胞との間には違いがある。がん細胞は、成長と生存を助ける突然変異を獲得するのだ。そうした変異の一部は、細胞の表面に散らばるタンパク質、いわゆるネオアンチゲンを作り出す。

モデルナやバイオンテックが開発しているような個別化がんワクチンは、各患者の固有のがんに合わせて調整されている。研究者たちは、患者の腫瘍の一部と健康な細胞の検体を採取する。これら2つの検体の遺伝子配列を解析し、比較して、腫瘍の特異的な変異を特定するのである。次に、これらの変異を人工知能(AI)アルゴリズムへ送り込む。すると、免疫反応を誘発する可能性が最も高いものが選び出される。   これらのネオアンチゲンはまとまって、腫瘍の捜索用似顔絵(免疫系ががん細胞を識別するのに役立つ大雑把な画像)のようなものを形成する。

ダナ・ファーバーがん研究所(Dana-Farber Cancer Institute)で個別がんワクチンセンター所長を務めるパトリック・オット博士は、2022年のインタビューで次のように述べている。「多くの免疫療法は、非特異的な方法で免疫反応を刺激します。 つまり、がんに直接働きかけるものではありません。個別化がんワクチンは、免疫反応を正確に、必要な場所へ向かわせることができます」。

似顔絵の作成にはいくつのネオアンチゲンが必要だろうか。 モデルナで個別化ネオアンチゲン治療担当バイスプレジデントを務めるミシェル・ブラウン博士は、「魔法の数字についてはよく分かっていません」と言う。モデルナのワクチンに含まれている数は34だ。「つまるところは、mRNAのストランドに何を収めることができるかです。免疫系が適切に刺激されるように、複数回の投与をします」とブラウン博士は言う。バイオンテックでは20のネオアンチゲンを使っている。

ネオアンチゲンはmRNAのストランドに乗せられ、患者へ注射される。そこから細胞に取り込まれ、タンパク質へ変換されると、それらのタンパク質は細胞の表面に発現して免疫反応を引き起こす。

免疫系にネオアンチゲンを識別するよう教える方法はmRNAだけではない。研究者たちは、DNAやペプチドとして、あるいは免疫細胞やウイルスベクターを介してネオアンチゲンも投与している。そして、多数の企業が、時間と費用を節約できる、個別化されていない「既製の」がんワクチンに取り組んでいる。昨年秋には、がんワクチンを評価する臨床試験約400件が進行していた。そのうち、およそ50件に個別化ワクチンが含まれていた。

どの治療法も成功する保証はない。たとえうまくいっても、1種類のがんで成功したとしても、自動的にすべての種類で成功するとは限らない。がん治療の多くは、当初は大きな可能性を示しながらも大規模な臨床試験へ移ると失敗している。

しかし、がんワクチンをめぐって沸き起こっている新たな関心と動きには勇気づけられる。そして個別化ワクチンには、他のワクチンが失敗した部分で成功する可能性があるかもしれない。この方法は、「多くの異なる腫瘍タイプとさまざまな状況」で理にかなっているとブラウン博士は言う。「このテクノロジーを得て、私たちは本当に多くの希望を持つことができました」。

MITテクノロジーレビュー関連記事

mRNAワクチンはパンデミックを一変させた。しかし、はるかに多くを成し遂げる力も持っている。2023年のこの特集で、ジェシカ・ヘンゼローはがんとの闘いを含め、mRNA注射について他の多種多様な用途を取り上げた

2020年の記事では、個別化がんワクチンを開発するにあたってのバイオンテックの取り組みの背景が一部語られている。記事の筆者はアダム・ピオレだ。

パンデミックの何年も前には、エミリー・マリンが個別化がんワクチン開発の初期の取り組みを取り上げ、その有望さと潜在的危険について書いている


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