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人はなぜ鳥を目指すのか? 神話から学んだテクノロジーのこと

2024年05月03日 06時52分更新

文● Bill Gourgey

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画像クレジット:TR

ギリシャ神話の物語が始まった35世紀前でさえ、人々はテクノジーを用いて肉体的な制限の克服を夢見ていた。そして、それが現代の気候問題の研究へとつながるとは、誰も想像できなかったろう。

現在の気候変動という怪物を解き放ったのは、何世紀にもわたって温室効果ガスを地球の大気中に排出してきた人類の活動かもしれない。針路を反転し高まっていく自然の怒りを制御するのは、人智を超えたことであり、神話の英雄だけが成し遂げられることのように思える。だが、人力飛行の夢、人間の四肢の力だけで地中海を飛ぶという夢もまた、数千年にわたって神話の中のものだった。1988年までは。

ローマの詩人オウィディウスが『変身物語』に記録した古代ギリシャ神話に登場するダイダロスの伝説的な飛行を再現するという、航空技術者ジョン・ラングフォードのミッションに関する記事が、1988年10月のMITテクノロジーレビューに掲載された。熟練の発明家ダイダロスは息子のイカロスと共にクレタ島に収監され、脱出のために鳥の羽根とロウの翼を作る。活気にあふれるイカロスは、太陽に近過ぎるところを飛んではいけないというダイダロスの警告を無視する。翼が融け、イカロスは落ちて命を失う。悲嘆にくれながら、ダイダロスは飛行を完遂し、シチリア島に着陸する。

「ダイダロスは完璧な飛行機を建造するための探求になりました」。ラングフォードは自身のプロジェクトチームのミッションをこう振り返る。ある程度、チームは成功した。チームの飛行機「ダイダロス88」は今でも記録を保持している。人力飛行での絶対距離(約115キロメートル)と飛行時間(約4時間)の記録だ。

もちろん、ラングフォードのチームは神話の中で描かれた条件の一部を修正している。飛行機は、鳥の羽根とロウではなくカーボンファイバーの翼を備えており、パイロットを務めたギリシャ人自転車レース選手のカネロス・カネロプーロスは、羽ばたいて歴史に名を刻んだのではなく、ペダルを漕いだ。さらに、シチリア島までの約800キロメートルの旅路は、人間の限界を超えたものだと思われたため、チームはサントリーニ島を目指した。

ダイダロス・プロジェクトと、あらゆる種類の人力飛行機に関して問題となるのは、空中に留まるための過酷な努力、墜落のリスク、そして費用だ。だが、ラングフォードはこれらすべてをものともしなかった。「ダイダロス・プロジェクトは、『だから何なんだ?』という疑問にとても答えられるものではありませんでした」とラングフォードは認める。

当時、半世紀にわたって地球の成層圏に集まっていた、人類が生み出すクロロフルオロカーボン(フロン)の見えない雲が、南極上空のオゾン層に季節的に穴を開け、地球の大気圏全体で起こっている惨事を知らしめた。国際社会が結集する中、ラングフォードが探していた「だから何なんだ?」の答えが出た。

気候研究と持続可能な航空学に等しく情熱を燃やす起業家のラングフォードにとって、理想的な飛行機とは成層圏を行き交い、オゾン測定値などの気候データを収集し、必要なエネルギーを太陽でまかなえる無人航空機だ。ラングフォードが初めて立ち上げた会社のオーロラ・フライト・サイエンス(Aurora Flight Sciences)は、そのような飛行機、「オデュッセウス(Odysseus)」を2018年に発表した。ラングフォードの最新の会社、エレクトラ(Electra)は、すべての飛行の脱炭素化を目指している。

海面からほんの数メートルの高さを数時間飛ぶだけの人力飛行機から、地球の成層圏を連続して徹底調査する、太陽光で動くロボット飛行機の着想を得られたいうのは、気候問題の文脈の中でしか筋が通らない話だ。このような斬新な飛行機は、どんなに困難に思えても、共通の探求のために団結すれば、神話的な偉業を成し遂げられる人類の能力を象徴するものである。

ビル・ゴージーはワシントンD.C.を拠点とするサイエンス・ライター。ジョンズ・ホプキンス大学でサイエンス・ライティングを教えている。

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