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大谷イビサのIT業界物見遊山 第61回

たった12年半で日本のクラウド市場をここまで成長させた立役者

2兆2600億円の投資に値する日本市場を育てたAWSジャパン長崎社長

2024年02月16日 10時00分更新

文● 大谷イビサ 編集●ASCII

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 3月11日付けでAWSジャパンの長崎忠雄社長が退任する。12年半という長い期間に渡り、日本のクラウド市場を立ち上げ、先頃発表された2兆2600億円という巨大投資を実現した重要な立役者である長崎社長。記者の目線から見た長崎氏と、その功績について振り返って見たいと思う。

12年半という長期間、日本のクラウドコンピューティングを牽引

 ちょっとした予感はあった。2月初旬に長崎氏がアップしたFacebookの投稿は、収穫されたたくさんのレモンを前に私服でにっこり微笑むというもの。サーバーワークス大石社長の「これは来月号のLEONの表紙ですか?」のコメントに、周りも盛り上がる。普段はAWSジャパンの社長という立場に似つかわしい手堅い投稿が多かっただけに、すっかりリラックスした表情でくつろぐプライベート感あふれた投稿に親近感も沸いたし、けっこう驚いたものだ。

 そんな投稿を見て、ほぼ2週間後の退任報道。話を聞いたときは、「えっ?」と思ったが、2011年から12年半(正確には12年と7ヶ月)も社長だったわけで、そろそろ退任というのはまったく違和感のない話だ。なにしろ、外資系日本法人で12年半も社長に就いていた人を私はほとんど知らない。この間、日本マイクロソフトで何回社長交代があったかを考えれば、長崎氏の長期政権ぶりは驚くばかり。ほぼ同時期で同じような社長と言えば、1月に退任したConcurの三村 真宗氏くらいだろうか。

 長崎氏は前職のF5ネットワークスジャパンの時代から記者として接してきた。当時から今に至るまでいつも若々しく爽やかだし、見た目通りに中身もフランク。多少意にそぐわなかった質問や記事もあったろうに、イベントや発表会のときは駆けよって「いつも記事ありがとうございます!」と笑顔を見せる方だ。もちろん、世界最大のクラウド企業の日本法人を率いる重圧はすごかったはずだが、それを外に見せないような軽やかさがあった。

 そして、長崎氏は「前に出る社長」というイメージがある。冒頭の写真はコロナ禍前、リアル開催が当たり前だったときのAWS Summit 2019の基調講演に登壇した長崎氏だが、幕張メッセの大舞台でもまったくひるむ様子はない。クラウドコンピューティングの素晴らしさ、イノベーションのスピードと威力、AWSの強みをアピールする長崎氏の安定感は半端なかった。これは発表会も同じ。今年1月、5年間で2兆2600億円という日本への巨額投資を発表したときも、並み居るメディアに向けて自ら率先してAWSの強みと投資の意義を説明した。

インドより大きな日本への投資規模 市場のポテンシャルをアピール

 外資系日本法人における社長の役割は、市場のポテンシャルを本国に理解してもらい、成長の実績を積んでいくことだと考えている。その点、長崎氏の功績は、日本のクラウド市場を2兆2600億円という巨額投資に値するレベルにまで成長させたことだと思う。もちろん、一人で実現したわけではないし、AWSジャパンが創業時からパワフルなメンバーに恵まれていたのも事実だが、長きにわたって組織の中心にいた長崎氏のリーダーシップは相当大きかったはずだ。

 市場のポテンシャルを理解してもらうには、単に売上を伸ばすだけではなく、さまざまな施策と実績が必要になる。長崎氏は、すでにビジネスが好調だった日本法人を引き継いだわけではなく、ほぼゼロベースから会社を育て、市場を開拓し、今の規模に育ててきた(関連記事:信頼の貯金でマインドを変える!長崎社長に聞くAWS躍進の理由)。長崎氏も「12年半で事業規模も組織も100倍以上に成長できました」と振り返る。

 この間、AWSジャパンはパートナーエコシステムを拡充し、日本ならではのユニークな先進的な事例を作り、スタートアップ支援や市場開拓などで顕在化するニーズを掘り起してきた。AWSユーザーが集まるJAWS-UGのようなコミュニティにも注力し、最近では生成AIやクラウドについての教育事業も積極的に進めている。こうした経年での多角的な施策の積み重ねがなければ、あれだけの巨額な投資を引き出すのは難しかったはずだ。

 実はこの2兆2600億円という日本への投資規模や期間は、昨年5月に発表されたインドへの投資額(127億ドル=約1兆8815億円)を上回るものだ。GDP換算での経済規模が世界第4位に転落したり、先進国の最下位という生産性に甘んじていたり、最近の日本はとかく落ち目を強調されがち。しかし、その市場のポテンシャルを対外的にアピールし続け、多額の投資を引き出したのが、AWS内でもすでにベテランであり、本国とのリレーションも強い長崎氏の役割というわけだ。

 もちろん、投資なのでビジネス面でのリターンを期待しているのは当然。とはいえ、「日本はまだこれだけ投資する価値がある国なのだ」とわれわれに自信を持たせてくれたのも事実だ。そして、この日本への投資を発表できたことが、長崎氏の一つの大きな区切りになったのは間違いない。

 以前のコラムで書いたとおり、日本のクラウドコンピューティングの変遷とともに、AWSジャパンも大きく変わりつつある。創業期のメンバーはすでに新しいステージで活躍しているし、私も取材という形でそれを見送ってきた。いわば業界の「お見送り記者」であるオオタニは、当然「次はどのステージに行くんですか?」という質問を重ねてきたし、長崎氏の次のキャリアに興味がないわけではない。でも、長崎氏に関しては、冒頭に紹介したレモンを手にした姿がしっくりきすぎて、「もはやITとは縁遠い世界で悠々自適に楽しんでもよいのでは(笑)」とも思っている。

 ともあれ、12年半もの長い間、おつかれさまでした。そして、ありがとうございました。

大谷イビサ

ASCII.jpのクラウド・IT担当で、TECH.ASCII.jpの編集長。「インターネットASCII」や「アスキーNT」「NETWORK magazine」などの編集を担当し、2011年から現職。「ITだってエンタテインメント」をキーワードに、楽しく、ユーザー目線に立った情報発信を心がけている。2017年からは「ASCII TeamLeaders」を立ち上げ、SaaSの活用と働き方の理想像を追い続けている。

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