このほど、京都市や京都商工会議所が中心となって“京都デジタルアーカイブ研究センター”が設立された。数年前から、推進されてきたデジタルアーカイブ事業だが、同センターを設立することで、産官学共同で行なう実験、パイロット事業、人材育成などをさらに進めていく。
浮かびあがる京都市の期待感
同研究センターが設立されたのは8月7日。“京都市大学のまち交流センター”内にあり、専用面積は880m2。研究室やプレゼンテーションルームのほか、産学交流サロン、デジタルアーカイブスタジオなどがある。京都商工会議所の会頭で、京セラの取締役名誉会長の稲盛和夫氏が理事長に就いた。
“産学交流サロン”。自由闊達な交流を行なうことで、アーカイブ事業関係者のネットワークを強める |
コンテンツの蓄積、保存、検証などができるアーカイブスタジオ |
アーカイブプレゼンテーションルーム |
デジタルアーカイブ事業は、京都が育んだ歴史や伝統、文化をデジタル化することで保存と蓄積を行なう。さらにそれらを活用することで新産業の創造につなげようというのが目的。同センターでは静止画、動画などコンテンツの蓄積や配信、活用にかかわる実証実験を行なうほか、関連技術や機器の展示もされる。また、国などからの事業を受託することも予定している。
関連事業の共同研究や、将来の構想の策定、人材育成、さらには市民に対する啓発や指導も行なう。ほかにも、デジタルコンテンツの著作権について具体的な処理方策を構築する。同センター副所長の清水宏一氏は「事例を積み上げていけば、著作権に関する法律の変更にもつながる可能性もある」という。
設立にあたって調達した資金は4600万円。民間、京都市から調達したもので、内1200万円が同市からのものだ。ほかにも光熱費、事務所費などの維持費を市が負担することから、スポンサーとしても大きな存在だ。近年、京都市の財政は逼迫しているが「デジタルアーカイブ事業は、京都の将来を見据えたプロジェクト」(同氏)。事業に対する同市の期待感が浮かび上がる。
状況に応じて編成するプラットフォーム
ところで、デジタルアーカイブ事業の推進は'97年にまで遡る。京都市が策定した“高度情報化推進のための京都市行動計画”に沿ってはじめられた。'98年には同市と京都商工会議所の強力な連携のもと“京都デジタルアーカイブ推進機構”が設立された。同年12月、国立京都国際会館で開催された“デジタルアーカイブ・ビッグバン京都 '98 セッションV”を主催するなど精力的にデジタルアーカイブ事業の機運を高めていった。
2年間の推進機構の活動結果は「上々だ」と清水氏は評価する。会員数は約200にまで広がり、14のプロジェクトが立ち上がった。たとえば、京都市とイメージモールジャパン(東京都)は、京友禅や西陣織などの染織デザインをデジタル化の上、デザインソースとして商品に展開する事業に取り組んでいる。
こうした成果をふまえ、設立される研究センターだが、清水氏によると、同センターのイメージはデジタルアーカイブに特化したインキュベーター(孵化器)だという。インキュベート事業として同センターの動きをみると、状況に応じた器づくりを行なうために期限付きの方式をとっている姿が見えてくる。
本格的にセンターが活動をはじめるのは2001年4月。そして3年後の2004年3月には解散する。「正味3年、1000日」(同氏)の稼動だ。その理由は民間からメセナ(企業の文化貢献)的ともいえる資金調達をしているため、期限をきったほうがよいということ。事業の方向性を決めるには3年が適正期間であるということだ。事業は3年で成就しなければならないという稲盛理事の経営理念が反映されているかたちだ。
さらにセンターの運営組織は人事異動の多い“官”主導。長期にわたって運営すると、“組織維持のための運営”になりかねない。3年の期限はビジョンの共有ができている初期スタッフで全力で出し切るため、といったことことも大きな理由だ。ちなみに、京都デジタルアーカイブ推進機構も2001年4月で解散。同センターはいわばセカンドステージというわけだ。
京都デジタルアーカイブ研究センターがはいっている“京都市大学のまち交流センター”。産官学連携の拠点施設だ |
ネットワークづくりのカギは“同じ釜の飯”
デジタルアーカイブ事業の困難な点は、コンテンツの蓄積保存をしてもすぐに価値を生み出せないということにある。しかしながら、その利用価値はあとに出てくる。例えば、次のような事例があると清水氏はいう。
高等裁判所に蓄積していた刑事訴訟記録を古いものから廃棄していた。保存場所がないのがその理由だ。しかし、大学が研究教材としてその価値を見出した。そこで、膨大な記録を引き取ってアーカイブ化している。訴訟記録には当時の生活や風俗が克明に記されているところに大変な価値があったというものだ。
センター運営の実際を行なう清水宏一氏。「気楽に、明るく、楽しくすすめていきたい」 |
「アーカイブは人類共通の知的財産。言葉そのものは急速に浸透してきている。価値が分かると、スポンサーも出現する可能性が高い」(同氏)。アーカイブ事業を成功させるには、その価値を浸透させるのがひとつのカギだ。
いまのところ同センターにどれぐらいのプロジェクトチームがに常駐するかは未定だが、「使い方は自由。使用時間も24時間。ただし、利用者はオープンマインドを持っていることが条件だ」(同氏)。いわば“デジタルアーカイブ長屋”というわけだ。「いい意味で、面白おかしく、交流を深めながら積極的にすすめていきたい」と同氏は言う。
さらに「あたかも同じ釜の飯を食ったような仲間意識と誇りを持ってもらいたい。これは協力なパートナーシップにつながる」と同氏は続ける。事業のプラットフォームの形態を状況に応じて、変容していくことがデジタルアーカイブ事業の戦略といえるが、それゆえに強力なネットワークの構築が必要というわけだ。
現在、同研究センターは任意団体。4年後の“発展的解消後”はNPOや財団法人などへの組織変更が考えられるが、利益も伴う事業運営が可能と同氏はみている。ゆえに、“サードステージ”は株式会社として再編成される可能性が高い。京都の地域の社会の活性化と経済の興隆が期待される。