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新ブランドになっても「世界初」に挑み続けた「arrows」の10年を振り返る

2022年02月03日 11時00分更新

文● 村元正剛(ゴーズ) 編集●ASCII

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決して順風満帆ではなかった10年
しかし、だからこそ今のarrowsがある!

 2011年に初号機が発売された「arrows(旧ARROWS)」が10周年を迎えた。当初は“スペック番長”と呼ばれるほどに高性能なフラッグシップモデルを主軸に据えていたが、ここ数年は幅広いユーザー層をターゲットとするミドルレンジモデルに注力し、2021年12月に発売された最新モデル「arrows We」も使い勝手の良さとコストパフォーマンスの高さで人気を集めている。

 そもそもarrowsは富士通のモバイルフォン事業本部が生み出したブランドだが、その後、2016年に富士通コネクテッドテクノロジーズが発足し、現在は富士通グループから独立したFCNT株式会社に受け継がれている。その過程で「ARROWS」という大文字表記のロゴが小文字の「arrows」に変更されるということもあった。arrows製品のこれまでの変遷とこれからのビジョンについて、実際にarrowsの企画開発に携わる方々にお話をうかがった。

FCNT 執行役員兼プロダクト事業本部長 櫛笥直英さん。arrowsブランドの製品の開発の中心的な役割を担っている

FCNT 執行役員常務 林田健さん。arrowsブランドの立ち上げの時期から、スマホおよびユーザー向けのサービスの企画に携わっており、20周年を迎えた「らくらくシリーズ」の生みの親でもある

arrowsの意味は「矢」
新しい道を切り開く思いを込めた

 arrowsは当初「ARROWS」と大文字で表記されていたが、そのブランドを冠して最初に発売されたのはスマホではなく「ARROWS Tab LTE F-01D」というタブレットだった。ドコモ初のLTE対応タブレットで、防水にも対応していた。まずはブランドの由来についてうかがった。

2011年10月に発売された「ARROWS Tab LTE F-01D」。ドコモが2010年12月に開始したLTEサービス「Xi」に対応する初めてのタブレットだった

林田氏 スマートフォンの時代を迎えて、グローバルを意識していたので、海外にも通用するような名称を考えていました。100以上の候補を考えたと記憶していますが、経営陣との話し合いの結果、すべてが没になりました(笑)。そこから考えて決まったのが「ARROWS」です。「arrow」は「矢」という意味です。我々の新しいビジネスの道を切り開く意味での「矢」です。実は裏に込めたもう一つ意味がありまして……。矢でリンゴを射抜くという。国内メーカーとして、それぐらいの揺るぎない気持ちがあり、それを伝える動画を作ったりもしました。結局、公開しなかったんですけどね。

パフォーマンスを最重視して
「Tegra」を採用した結果……

 arrowsブランドで最初に発売されたスマホは、2011年11月に発売された「ARROWS Kiss F-03D」だった。同モデルは3Gモデルで、少し遅れて12月に初のLTE対応モデルとして「ARROWS X LTE F-05D」が発売された。このARROWS X LTE F05-DはCPUにTexas Instrumentsの「OMAP 4430」を採用。2012年に発売された後継モデル「ARROWS X F-10D」ではNVIDIAの「Tegra 3」を採用した。

2011年11月に発売された「ARROWS Kiss F-03D」。女性向けのミドルレンジモデルで、Popteenとのコラボモデルも発売された

2011年12月に発売された「ARROWS X LTE F-05D」が、arrowsシリーズ初のハイスペックのフラッグシップスマホ

2012年12月に発売された「ARROWS X LTE F-10D」で初めてNVIDIA製のCPU「Tegra 3」を採用。4コアで最大1.5GHzという、当時としては極めて高い性能を有していた

櫛笥氏 フラッグシップモデルのパフォーマンスを競争している時代でしたので、少しでも性能が高いものを搭載したかったわけです。当時OMAPのCPUは2コアでしたが、Tegraは4コア。当時のクアルコムのCPUの性能もそんなに高くはなかったので、他社に先駆けて4コアのTegraを採用しました。

 2012年7月に発売された「ARROWS X F-10D」、2012年11月に発売された「ARROWS V F-04E」、2013年2月に発売された「ARROWS X F-02E」でも引き続きTegra 3が採用された。しかし、一部のユーザーから「端末が熱くなる」「電池が持たない」と指摘されるなど、厳しい評価を受けることにもなった。

2012年11月に発売された「ARROWS V F-04E」は、幅広いユーザーをターゲットとするdocomo withシリーズの端末として発売された

櫛笥氏 当時は4コアのハイスペックなCPUを搭載したスマホはなく、放熱技術も今と比べるとまだまだで、試行錯誤を繰り返していました。そんな中でもいろいろな工夫を施して製品を出していたのですが、今思えば、さまざまな環境においての対応が不足していたと思います。

 なお、「ARROWS X F-02E」を除き、2013年以降に発売されたすべての端末はクアルコムのSnapdragonを採用している。なお、ローエンドとミドルレンジの端末では以前からSnapdragonが採用されていた。

櫛笥氏 ハイエンドモデルのCPUをTegraからSnapdragonに変えたのは、Snapdragonのコア数が増えて、性能が向上したからです。また、Tegraは性能は高いですが、スマートフォンのCPUとしては使いづらい部分があったのも事実です。

 ユーザーや販売現場サイドから届いたさまざまな指摘をもとに、最近のarrowsでは、発熱はほぼ気にならなくなった。CPUの進化に加えて、arrowsが独自に導入する放熱技術も成果を上げているようだ。

櫛笥氏 開発努力を重ねつつ、現在のCPUのプロセスも進化して、発熱しにくくなってきました。また、CPUの発熱を抑えるために、状況に応じてCPUの周波数を落としていくとか、細かいコントロールができるようになりました。それでも、ハイエンドモデルでは苦労することがあります。arrowsでは、スマホ内部で熱を拡散させる「ベイパーチャンバー」や「グラファイトシート」といった放熱素材を使っています。小さなスマホの中で、いかに熱を均等に回していくかがポイントです。

ブランドを「arrows」に刷新して、ユーザー層を拡大

 2015年9月に発売した「arrows Fit F-01H」から、「ARROWS」のロゴは小文字の「arrows」に刷新された。どういう狙いがあったのだだろうか?

2015年9月に発売された「arrows Fit F-01H」。arrows初の耐衝撃性能搭載モデルで、お手頃な価格で買えることでも人気を集めた

林田氏 我々はフィーチャーフォンの時代から、ハイスペックの端末を作っていましたが、スマホに移行し、様相が変わってきました。お客様が必ずしも高いスペックを求めているわけはなく、「何ができるのか?」という価値を求めるようになってきました。そこで、もっとユーザーに寄り添うという観点から小文字のロゴに刷新しました。

 2016年以降にリリースされたarrowsは、ミドルレンジ~ミドルハイが中心となり、ドコモ向けでは特に「arrows Be」シリーズが人気を集めた。一般的な防水・防塵だけではなく、洗える機能や独自に落下試験も行なう耐衝撃性能といった安心感も新たなファンを獲得する要因となったようだ。

2019年6月に発売された「arrows Be3 F-02L」。MIL規格の23項目に準拠し、泡タイプのハンドソープで洗える性能などが話題になった。それらの性能は最新モデルのarrow Weにも受け継がれている

櫛笥氏 ブランドロゴを小文字に変えたことによって、より多くの方に親しみを持っていただけたと思います。また、小文字にしただけではなく、文字の間にあえて通常より多めの余白を設けることで、arrowsの利用を通してユーザーにその余白を埋めてもらうという意味を込めています。ほかにも、落としても画面が割れにくかったり、洗えたり、最近では除菌できたりということも、いろいろな人に使っていただく上での安心感につながっているのではないでしょうか。

世界からも注目された虹彩認証

 大文字の「ARROWS」ブランドロゴの最後のモデルとなったのが「ARROWS NX F-04G」。世界初の虹彩認証を搭載したモデルで、同技術は2015年春にスペイン・バルセロナで開催された世界最大級のモバイル展示会「MWC」(現・MWC Barcelona)にも出展されて、注目を集めた。

世界初の虹彩認証を搭載した「ARROWS NX F-04G」。同技術をMWCで披露した後、2015年5月に発売された

林田氏 フィーチャーフォンの「F505i」に日本初の指紋センサーを搭載して以来、スマホにも指紋認証を採用していました。その中で、虹彩認証を導入できる状況になり、セキュリティーの面でも使い勝手においても指紋よりも優れているだろうということで世界初の搭載にチャレンジしました。

 虹彩認証はスマホに目を向けるだけでロック解除ができる技術。マスク着用が欠かせない今ならものすごく役立ちそうだ。しかし、2018年までに発売された一部のスマホとタブレットに搭載されたのみで、現行機種には搭載されていない。

林田氏 虹彩認証を搭載するにはフロントカメラとは別に専用のカメラがいるので、それなりの実装面積が必要です。今は額縁を細くして、画面を大きくするのがトレンドですから、そことのトレードオフになってしまいます。また、今では指紋センサーを画面内に搭載できるので、そのほうがユーザーに受け入れられますよね。

初の5Gモデルの開発で発熱問題をクリア

 5Gサービスが本格的に始動した2020年には、久しぶりに超ハイスペックのフラッグシップモデル「arrows 5G F-51A」を発売した。FCNT初の5G対応モデルで、国内メーカーで5Gミリ波に対応させた最初のモデルでもある。Snapdragon 865を搭載し、8GBのメモリーを搭載するなど、当時最上位のスペックを備えていた。

2020年7月に発売された「arrows 5G F-51A」は、最高峰のCPUを搭載し、5Gミリ波にも対応する超ハイスペックモデルだった

櫛笥氏 arrows 5Gの開発に向けては、ミリ波をいかに広げていくかということも含めて、クアルコムと1年半くらい前から話を進めていました。新しいチップを搭載することや、ミリ波のアンテナは熱を持つので、それをどう拡散させるかなど、かなり気を使って設計しました。その課題を克服するために、ベイパーチャンバーなど新しい放熱技術に取り組んだりもしました。2012~2013年にお客様にご迷惑をおかけした問題を再び起こしてはいけないというのが社内の共通認識になっていて、いろいろな意味で厳しく取り組んだんです。

最新モデル「arrows We」で
「プライバシーモード」が復活!

 arrowsは便利な独自機能が充実していることも特徴。最近では、ロック画面から素早くメモを起動できる「FASTメモ」、指紋センサーからよく使うアプリを起動できる「FASTフィンガーランチャー」、よく使う決済アプリを素早く起動できる「FASTウォレット」などが人気だ。最新の「arrows We」には、フィーチャーフォン時代に人気を博した「プライバシーモード」も復活して搭載されており、人に見られたくないアプリだけを隠したりもできる。

2021年12月に発売された、ミドルレンジの5Gスマホ「arrows We」。FCNT初のマルチキャリア展開となった。これはドコモ版のカラーバリエーション

au版のカラーバリエーション

ソフトバンク版のカラーバリエーション

林田氏 プライバシーモードは、これまでにも何度かスマホへの搭載を試みたのですが、Googleさんのフォーマットがありますから、うまく隠れなかったりして、あきらめたことがあります。ようやくarrows Weに搭載できたので、活用していただきたいですね。

 なお、arrows Weは、arrowsシリーズでは初めて、どのキャリアからも同じ機種名で発売された。キャリア独自の仕様は搭載されているものの、デザインは共通し、基本スペックも共通している。

櫛笥氏 キャリア依存ではなく、統一モデルとして発売するのが理想と考えております。「らくらくスマートフォン」のようなドコモさんと一緒に作っている製品は別ですが、arrowsシリーズについては、今後もマルチキャリアで共通するモデルを展開していきたいと考えています。

 arrowsはキャリア向けだけでなく、MVNO向けや法人向けのSIMフリーモデルもリリースしている。また、スマホ・タブレットだけなく、フィーチャーフォンも発売している。これらの後継機も引き続き発売する計画があるという。

一般向けのSIMフリースマホとして2014年12月に発売してヒットした「ARROWS M01」。最新モデルは2019年12月に発売した「arrows M05」で、今度もミドルレンジのモデルをリリースしていく予定

フィーチャーフォンの最新モデルは、2019年7月に発売された「arrowsケータイ F-03L」。櫛笥氏は「需要がある限り、提供していく責任がある」という

両氏が最も思い入れがあるのは
意外なあの機種

 お話を伺った両氏に、arrowsの10年の歴史の中で、最も印象に残っている機種を教えていただいた。

櫛笥氏 苦労したという意味では、世界初の虹彩認証を搭載した「ARROWS NX F-04G」ですね。安全規格も含めて、テクニカル面では相当苦労しました。光を目に当てるわけですから、安全性には非常に注意する必要があり、いろいろなところと連携しながら、徹底的に議論を重ねました。センサーを小さくすることに加えて、スマホを適切な位置で見てもらうためのUIの工夫も必要でした。かなり開発のハードルが高い端末で、開発期間も長くかかりました。もう1つ、2013年に発売した「ARROWS NX F-01F」も印象に残っています。実は同じ時期にauから「ARROWS Z FJL22」、ソフトバンクから「ARROWS A 301F」を出したのですが、これら3機種はデザインは違って見えますが、中身はほとんど同じなんですよ。基本的には共通で設計したもので、最新モデルのarrows Weの先駆けとも呼ぶべき機種なんです。キャリアさんのOEMですから、同じものを出すというのが許されない時代で、苦心して作ったモデルです。その頃からやりたかったことが、ようやくarrows Weで実現したわけです。

林田氏 やはりTegraを搭載した「ARROWS X F-10D」や「ARROWS V F-04E」ですね。発熱の問題などもありましたが、大きなチャレンジをした端末でもあります。当時、ドコモやNECと一緒にジョイントベンチャーを立ち上げて、自分たちでモデムを作っていました。スマホには「SAKURA」というモデムも搭載し、CPUには当時唯一クアッドコアを実現していたTegraを採用し、最高のパフォーマンスを出そうと意気込んでおりました。しかし、ユーザーの方にはご迷惑をお掛けした機種でもあり、F1をつくるようなチャレンジだけではなく、安心との両立を開発方針に入れていくことのキッカケになった機種だったと記憶に残っています。

2013年6月に発売された「ARROWS NX F-01F」。「NX」の「N」には「New」「Next」などの意味が込められていた。Snapdragon 600を搭載し、性能面でも評価された

arrowsのこれからの10年はどうなるのか?

 2022年を迎えて、新たな10年の一歩を踏み出したarrows。最後に今後の展望について聞いてみた。

櫛笥氏 スマホのコモディティ化が進んでいく中で、お客様にどういう価値を提供していくかが非常に重要になってきています。ここ最近、ハイエンドの市場が小さくなってきていますが、スペックを訴求できるユーザーは必ずしも多くはないんですよ。それよりも、いかにお客様に寄り添うかが重要だと考えています。たとえば、我々は「らくらくコミュニティ」というサービスを提供していますが、そうしたサービス面での充実も含めて、ユーザーに体験していただく価値を高めていきたい考えています。

 初期に発売されたグローブ・トロッター、アンテプリマ、ジルスチュアートといったブランドとのコラボモデルは久しくリリースされていないが、今後そうしたユニークな端末が発売される可能性はあるのだろうか?

櫛笥氏 コラボの企画は社内では毎年上がっていますが、まだ具体化しているものがありません。リバイバルモデルなども含め、機会があれば、実現する可能性があると思います。

 arrowsシリーズのこれからの10年もさまざまな「初」で楽しませてもらえそうだ。

★★★

 これまで富士通携帯事業30周年、arrowsシリーズ10周年を記念して行なったFCNTへのアニバーサリーインタビューだが、3回目は今回も登場していただいた「らくらくシリーズ」の生みの親である林田氏と、その林田氏とともにシニア・高齢者向けビジネスを作り上げてきた正能氏にらくらくシリーズ20周年の歩みを聞く。

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