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「ITはツール、SIerが与えるのはきっかけ」Backlog World 2019基調講演

iPad導入から始まった田舎の木材工場の奇跡とその後の足跡

2019年02月21日 09時00分更新

文● 重森大

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 エンジニアの多くがお世話になっているであろうBacklog。その活用事例などを共有する「Backlog World 2019」が1月に都内で開催された。運営主体がBacklogのユーザーコミュニティであるJBUGに移管されて初めてのBacklog Worldは、前年のGood Project Awardで最優秀賞を受賞したdiffeasyの西 武史さんの基調講演からスタートした。IT化をスムーズに進めるため、顧客をも巻き込んでチームビルディングを進めたdiffeasyの取り組みは、顧客を成功に導くヒントに満ちていた。

diffeasy 西 武史さん

顧客の要望をそのまま受け取るのではなく課題の掘り下げから始めたdiffeasy

 基調講演のタイトルは、「『田舎の木材工場で起きた奇跡』と、その後」。木材工場で起きた奇跡については前年のGood Project Awardでも語られたようだが、その奇跡には後日談があったという話。奇跡の舞台となったのは宮崎県にあるビッグハウスで、建築現場で使うツーバイフォーパネルの加工、組み立てを行なっている。Diffeasyに相談が来た2017年当時の社員数は20人、平均年齢は48歳。ほぼ全員がフィーチャーフォンを使っており、IT活用どころかスマートフォンにさえなじんでいない状況だった。

 そんなビッグハウスの立箱 尚登社長から最初に来た相談は、「iPadでシステムを創りたい。社員に任せているけど、できない」というものだったそうだ。立箱社長は「今後絶対にITが必要になる」という強い思いを抱いており、システム化の要望をいくつも挙げてきた。それに対してdiffeasyは要望通りのシステムづくりに手を付けるのではなく、現場のヒアリングから始めた。

「現場でもっとも課題となっていることは何なのか。それを現場の方に聞いて回りました。また課題の模索と並行して、スマートフォンやタブレットの操作に慣れてもらうことにしました」(西さん)

 スマートフォンを持ってもらい、LINEで連絡を取り合った。従業員の中には休み時間にYouTubeやゲームを楽しむ人もいたが、それを通じてスマートフォンの操作になじんでもらうことを優先したという。

 課題探しの方は、紙の設計図の扱いに手間がかかっているということに行き着いた。ツーバイフォー工法では建設現地での作業を減らすために、設計図に合わせて工場であらかじめ木材をカットする。そのために毎朝500枚もの設計図を印刷して工場に配布、職人はその設計図に必要な数値を書き込んだりしつつ木材をカットしていた。しかし500枚にもおよぶ紙資料を日々管理するのは容易なことではなかった。1日で数百枚もの図面を扱えば、1枚くらい紛失することもあるだろう。それは想像に難くないが、その影響は小さくない。どの図面がなくなったのか、残った数百枚の図面を見てチェックしなければならないのだ。diffeasyはこれをまず解決することにした。

「画面の大きなiPad Pro 12.9を使って図面を表示し、Apple Pencilで書き込みながら作業できる環境を構築しました。耳にエンピツを挟んでいた職人さん達が、耳にApple Pencilを挟んで作業するようになったのです」(西さん)

紙の図面が行方不明になることも、図面を探して作業を中断することもなくなった

 タブレットの使い方を習得するのは、若い従業員の方が早い。ベテラン従業員は若手に使い方を聞くために話しかけることが増え、これが若手とベテランの会話を増やした。一方の若手従業員はベテラン従業員に話しかけやすくなり、作業のコツなどを教わるようになっていった。従業員同士の意見交換が活発になり、現場から提案や意見が活発に出てくるようになった。高箱社長は「われわれがこの先、いくらでも変化できると思えるきっかけを作ってくれた」と語ったという。

 これが、「田舎の木材工場で起きた奇跡」のはじまりだった。

奇跡は、従業員の意識を変えるきっかけに過ぎなかった

 iPadで設計図を見ながら作業できる仕組みを導入したほか、作業開始前にスケジュールを設定して、担当者ごとに作業を事前に割り当てるようにした。誰がどの作業をしているか一目瞭然になったほか、作業の進捗を管理するうちにそれぞれの従業員が得意な作業分野もわかった。できるだけ得意な作業を割り当てるよう工夫すると、それまで毎月数十時間に及んでいた残業時間を大幅に短縮された。

生産枚数などのデータを分析して得意分野を見出し、得意な作業を割り当てることで工場全体の生産性が向上

 また職人技を活かす業種では最近どこでも聞く話だが、ビッグハウスも他聞に漏れず技術継承が課題となっていた。若手とベテランとの対話が増えたとはいえ、ベテランは複数の若手から同じような質問を受けなければならず、新たな課題となった。ITで課題を解決できるということを身をもって知ったビッグハウスは、ここでもITを活用。業務スキルのFAQサイトを開設し、技術の属人化を解消したのだった。

設計書の共有やFAQサイトにより技術の属人化を解消

 そのようないくつかの施策を取り入れて、ほんの数ヵ月。ビッグハウスを訪ねたdiffeasyのスタッフは驚いた。木材カットの現場に大型モニタが設置され、設計図を見やすく大写しにしていたのだった。

「AppleTVを使って、iPadの画面をミラーリング表示して、作業しながら見やすいように工夫されていました。自分たちで使いやすいように工夫をし始めていたのです」(西さん)

作業場所から見やすい場所に大型モニターを設置、タブレットの画面をミラーリング表示していた

 さらに、従来の工場の5倍の面積を持つ新工場を開設。そこでも設計図のペーパーレス化は引き継がれたが、ITの活用はそこに留まらなかった。広い工場内、旧工場と新工場同士の連絡に手元のiPadのFaceTimeが使われた。拠点が複数に散ったものの、設計図をオンラインで共有できるようになったことで、設計チームはリモートワークができるようになっていた。そのほか、次々に自社でIT化を進め、カッコいいWebサイトもオープン。そこではシステムエンジニア募集という情報も。

「私たちが与えたきっかけをうまく活かして、ITによる効率化をどんどん進めていました」(西さん)

IT化を成功させるためにdiffeasyが大切にした3つのポイント

 西さんはここまで語ってから、なぜビッグハウスでのIT化が成功したのか。分析してみせた。大きなポイントは3つあった。ひとつは小さな成功を積み重ねること。最初に社長から聞き出した要望は数多くあったが、前述の通りdiffeasyはそれらをすべて形にはしなかった。ハードルが低く、なおかつ成功を実感しやすい課題を探し、それをIT化のファーストステップにした。

ひとつずつのステップを大切にして、小さな成功を積み重ねることでITの力を体感してもらえる

 さらに、システム化の手前のステップを大切にしたこともポイントのひとつとして、西さんは挙げた。いきなり業務のIT化に手を付けるのではなく、まずはスマートフォンやタブレットに慣れてもらう時間をしっかり取ったことも、そのひとつだ。業務効率化についても一足飛びにIT導入に進むのではなく、ホワイトボードを使ってそれぞれの従業員のその日の作業分担を明確にするなど、運用概念やその重要性を理解してもらうことから始めた。作業開始前にスケジュールを設定し、作業を担当者ごとに事前に割り当てて進捗を管理することで、業務全体が効率化され、自分の仕事が楽になる。そのことを先に実感してもらえば、そのひと手間をIT化するメリットも受け入れてもらいやすい。

「そして一番のポイントは、真の課題へアプローチしたことです。たとえば高箱社長が最初に挙げた要望のひとつに、出荷管理にQRコードを使いたいというものがありました。それを言われたままにシステムとして提供するのではなく、なぜQRコードで出荷管理をしたいのか、解決したい課題は何なのかと深堀することが大切です」(西さん)

 結局QRコードを使った出荷管理については、誤配送が多いので、ITの力で配送先の間違いを減らしたいのだとわかった。ではなぜ誤配送が多いのか現場をしっかり検分したところ、出荷時に誤った製品をトラックに積み込んでしまうミスが多発していることがわかった。カットされた部材は見た目が似ているので、人為的なミスが発生するのはある程度しかたがないが、IT化以前の課題も見つかったわけだ。

「製品が、ピックアップしやすいように整理されていなかったのです。そこで私たちは、出荷前の製品置き場を、誤配送しにくいように整理するよう提案しました。これだけで、ずいぶん誤配送を減らすことができました」(西さん)

 ITの力を活用することは重要だが、なんでもかんでもITの力に頼ればいい訳ではない。業務のやり方を変えることで改善できるポイントを無理にIT化せず、IT化の効果が大きく生きるポイントに絞ってIT化を進めること。顧客が無駄な投資をしなくて済むうえに、「IT化してもあまり効果がなかった」とITへの期待を裏切ることも防げる。事実、そうした努力が実ったからこそ、ビッグハウスはITの力を信じるようになったのだ。

顧客、PM、開発者の全員がIT化のストーリーとそこへの想い入れを共有することが成功のカギ

 最後に西さんはプロジェクトマネージャーの役割について言及した。課題の掘り下げが必要だったことからもわかる通り、プロジェクト開始時には課題自体が不確実なことが多い。そうした中でプロジェクトマネージャーがするべきこととは。

「プロジェクトマネージャーの役割は、関係者全員でストーリーを共有できるようプロジェクトをファシリテートして、成功に導くことです。メンバー全員が同じように想い入れを持てるようプロジェクトを導くことができれば、プロジェクトは成功します」(西さん)

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