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巨人が内海と長野を放出、加速する「裸の王様」ジャイアンツ離れ

文● 小林信也(ダイヤモンド・オンライン

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巨人・内海哲也、長野久義
「人的補償」により、巨人から移籍することが決まった内海哲也選手(左)と長野久義選手 写真:報知新聞/アフロ

 内海哲也投手に続き、長野久義選手の移籍が決まった。いずれもFAで獲得した西武・炭谷銀次郎捕手、広島・丸佳浩選手の「人的補償」で相手球団から指名されての流失。それは、巨人が提出した「プロテクト」28人のリストから、球団にとって「大切な存在」であるはずのふたりが外れていたことを意味する。

「炭谷が欲しい」「丸が欲しい」ために、「生え抜きのふたり」を差し出したと同じ意味だ。

 ファンが球団を愛する気持ちには、勝ってほしい期待と同時に、「このチームが好きだ」という、理屈では表せない愛着やそれぞれの熱い願いがある。今回の巨人の選択は、「想い」より「勝利」を優先する姿勢の表れと言っていい。

 野球チームである以上、勝つために最善の努力をするのは当然だ。だが「プロ野球」には勝利以上に大切な魂がある。「負けてもこのチームが好きだ」と感じさせる強い絆、無償の愛で結ばれてこそ、チームは本拠地に根ざし、永続する。巨人は、勝利を超える大切な絆を軽視しすぎていないだろうか。この判断が無言で発した「メッセージ」は、巨人が思う以上に深刻な影響を与えるのではないかと感じる。

「巨人に入りたい」一心で
他球団を蹴って入団した内海と長野

 今季から三度目の指揮を執る原辰徳監督は、初めて監督に就任した2001年、「ジャイアンツ愛」をキャッチフレーズに掲げた。この言葉は、いまも巨人ファンの共感のよりどころになっている。球団にも各ファンそれぞれにもさまざまな出来事があって、知らずしらず巨人から離れようとする心を繋ぎとめる効果もあっただろう。巨人を好きになったら、「ジャイアンツ愛」という言葉に抗い、巨人ファンの気持ちを捨て去る、断ち切ることは難しいからだ。

 内海、長野をプロテクト・リストに入れなかった巨人の判断は、至極ドライでクールとはいえ、ファンが感じる「ジャイアンツ愛」とは誤差があったに違いない。もちろん、まだ一軍では実績のない期待の若手をプロテクトした、その姿勢は理解もできるし、大いに共感できる。だがせめて、二人を失うくらいなら炭谷か丸かどちらか一人にすべきではなかったか。秘密保持の前提もあるだろうが、移籍する本人やファンに対してもっと誠意あるメッセージがあってもよいのではないか。そんな思いは拭えない。

 書き添えるまでもなく、内海も長野も「巨人に入りたい!」一心で他球団の指名に応じず、3年待って相思相愛を実らせて巨人の選手になった。そして期待どおり、チームの中心となって活躍した。

 内海は敦賀気比高を卒業するとき、巨人以外には行かないと宣言し、他球団は指名を見送るかと思われていた。ところがオリックスが1位で指名。仰木監督(当時)直々の登場に揺れたようだが、結局は初志貫徹、東京ガスに入った。巨人は高校時代の女房役である李捕手をドラフト指名し、先に入団させた。これが内海の気持ちをつなぎとめる要素になったとの裏話もある。

 長野は日大卒業時に「巨人ひとすじ」を公言し、他球団の見送りが予測される中、日本ハムが敢然と指名。しかし、長野は拒んで社会人野球(ホンダ)に進んだ。2年後、今度こその思いは、千葉ロッテの指名でまたも砕かれた。長野と巨人が結ばれるのに3年を要した。それでも長野は巨人だけを進路とする人生設計を貫いた。

 もちろんその時代から「12球団OK」と爽やかに宣言する高校生、大学生選手が各球団の中心となり、その結果もあって各球団が個性を発揮し始めた。とくにパ・リーグ人気が上昇、プロ野球が新しい勢いを持つに至った潮流を考えれば、巨人に執着した2人の考えに異論もあるだろう。とはいえ、その経緯を巨人ファンならずとも知っているだけに衝撃は大きい。力が衰えれば、そんな2人でさえ易々と放り出されるのか……。

巨人離れを加速させる
ビジネス哲学の欠如、展望の甘さ

 V9世代の私は少年時代、「燃える男・長嶋」に子ども心を鷲掴みされ、長嶋氏への憧憬から巨人ファンになっていた。大学時代に「江川事件」が起こり、スポーツライターになった当初、広報担当から冷たくあしらわれてもなお、巨人への想いはすぐ断ち切れなかった。心に根ざした強いファン意識は理屈では消せないものだからだ。

 以後20年余の流れの中で熱い気持ちはすっかり冷め、いまは巨人の勝敗に関心を抱かなくなった。それと同じような、理屈抜きの巨人離れを今回の出来事は加速させる可能性がある。

 その背景には、読売巨人軍のビジネス哲学の欠如、将来展望の見通しの甘さが透けて見える。

「常勝軍団でなければならない」という大前提(古い思い込み)を、巨人は真剣に見つめ直した経験があるだろうか。「強いことがファンを惹きつける最大の要素である」「スーパースターの存在が人気の必須条件」、そして「巨人が中心にあってこそ日本のプロ野球は繁栄する」といった幻想は、かつての隆盛の要因だったのは確かだが、今も通じる普遍的なビジネスモデルではない。そんな当たり前の時代認識を、巨人という球団は共有できていない。

 例えば、まさに丸が好例だ。広島に入団した当初、丸は飛びきりのスター選手ではなかった。広島で育ち、ファンが丸を愛し、一体となって育てた「我らがヒーロー」だ。

 阪神のように、「勝てなくても勝てなくても」熱烈に応援し続けるタイガース・ファンのような光景を、おそらく巨人は冷笑している。勝者が敗者を見下すおごりを、巨人というチームは残念ながら持っている。

 もしかしたらファンも同じかもしれない。巨人を愛することがどこか優越的な側に寄り添いたい自分の気持ちの表れだと気付き、そのことに自己嫌悪を抱き始めれば、巨人ファンを公言できない気持ちになる。まさに私自身、そうだった。そんな葛藤を振り捨て、「だって東京人だから巨人を応援するのは当たり前でしょう」と言い切れない面倒さも、いまの巨人にはある。そんな微妙なファンの悩みを、巨人という球団は救ってくれていない。あるのは、勝利者であり続けることへの悲しいまでの執着。敗者となってもファンとつながれる地平を歩む覚悟は見せることができない。

 実際には、プロ野球チームが末長く繁栄する道はむしろタイガース的な方向性にある現実を、巨人は受け入れていない。ここ数年の巨人は決して勝てていないのに、まだ「勝つことで復活」を最大の目標に据えている。根本的な方針転換より、草創期やV9時代に培われた圧倒的な支持の残り火にすがっている。

 Jリーグの誕生以来、本拠地に根ざすプロスポーツ経営が新たなビジネスモデルとして日本のプロスポーツ界の新たな基本となった。プロ野球も本拠地制は採っていたが、プロ野球はいわばテレビの発展とともに隆盛した歴史がある。巨人という全国的な人気球団をテレビが生み出し、その巨人が各地域に降臨する形でシーズンの興行を展開していた。だから巨人と対戦できないパ・リーグの球団は観客動員や人気獲得に苦しんでいた。

 これを変革したのがJリーグだ。地方の球団がそれぞれ主役となって輝く。地域に根ざしたビジネスを構築する。それに触発されて、野球界も北海道日本ハム、東北楽天、横浜DeNAなどが新たな勢いを実現している。野球界でその「先駆者」だった広島の快進撃も、こうした潮流の中で輝きを増した。

 その一方で、巨人ファンとは一体誰なのか? 巨人の人気の基盤は? 本拠は? なまじ全国区を標榜してきただけに、存在やよりどころが曖昧になっている。

 サッカーや他の競技で全国区の支持を得るのは「日本代表」だ。巨人は、日本代表でありたいと願っても実際には一クラブチームに過ぎない。

「全国区」というビジネスモデルが、プロ野球界ではもう賞味期限切れになっている現実を早く受け入れ、新たな方向を明確にしないと、巨人の存在はますます危うくなる。

 ここぞホームタウンと感じられる新たな本拠地球場を建設するとか、大胆に発想すれば東京から他に本拠を移すなど、明確な旗を立て直す必要がある。

 それをせず、FA補強などの一時的カンフル注射に依存し続けるなら、いよいよ巨人は「紳士」「善玉」を装っているが「実際には羊の皮を被った狼に過ぎない」「やっていることはえげつない悪役的な球団だ」という、いわば裏のイメージが肥大して、純真なファンを呆然とさせるだろう。その先に未来はない。

 日本の野球界の劇的な変革のためにも、今回の出来事で巨人の経営陣が危機的現実に目覚めることを願うばかりだ。

(作家・スポーツライター 小林信也)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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