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AWSによるコストダウン、BCPの有効性、組織の変化などを披露

基幹システムまでAWSに移行したAGC、4年間の軌跡を振り返る

2018年12月20日 07時00分更新

文● 大谷イビサ/TECH.ASCII.jp

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 2018年12月19日、アマゾン ウェブ サービス ジャパンはSAPの基幹システムをAWS上に移行したAGCの事例についての記者説明会を開催した。登壇したAGC 情報システム部はAWS採用の経緯やコスト削減やBCPのメリット、そして攻めのITへの移行まで4年間の経緯を余すことなく披露した。

AGC 情報システム部 電子・基盤技術グループ マネージャー 大木浩司氏

2年半の稼働実績を持つAWS上の基幹システム

 ガラスメーカーとして知られるAGCの創業は1907年。2018年7月に旭硝子からAGCに社名を変更し、ガラスにとどまらない素材メーカーに向かう姿勢を鮮明にしている。グローバルの従業員は5万人以上で、グループ会社は210社。フロート板ガラス、自動車ガラス、特殊な石英素材など世界シェアNo.1を誇る商材をいくつも持っており、昨年の売上高は1兆4635億円にのぼる。

 名実ともに日本を代表するエンタープライズ製造メーカーと言える同社が基幹システムのAWS移行を決定したのは2014年8月にさかのぼる。その後、2015年6月に第一号のサービスインを遂げ、3年間をかけて7つのSAPシステムをAWS上に移管してきた。そして、2018年8月にSAPシステムの移行を完了し、同11月にはノンSAPのシステムまで含めて、142のシステム移行を完了した。

AGCのクラウドジャーニー

 2014年当時、AWSの導入プロジェクトメンバーは3人だけだった。しかし、検討を始めた2014年2月にEC2が4割安くなるという“事件”が起こった。このときオンプレミスよりもクラウドの方が安くなることを見抜いたメンバーは、クラウド同士の比較を開始し、AWSのコストメリットを算出する。「国産キャリアクラウドとの価格差は圧倒的だったし、Azureよりも2割安かった」(大木氏)と算出し、実際にコストが下がるかをパイロットプロジェクトで実証し、全社展開した場合のコストダウンも試算したという。

 もちろんコストメリットだけではない。BCPを前提にしたヘビーなデータセンター運用やテープバックアップ、5年のハードウェア更新などから脱却し、グループ会社のインフラを標準化するという目論見もあった。こうしたさまざまな要件から、当初進めたのはAWSの多面的な評価だったという。「コストやBCP対策などクラウドのポジティブな評価は容易。でも、従来のシステムをクラウドに置いてよいのかなど、漠然とした不安を解消するためには多面評価が必要だった」と大木氏は語る。

 多面評価では法律面、セキュリティリスク、内部統制、社内規定との整合性などを調べた。「たとえばAWSはサービス開始以降セキュリティ事故を起こしていないし、性悪説に立つとAWSの方が安心。すべての操作がCloudTrailに載るので、私たちも悪さができない。セキュリティはより強固になる」(大木氏)。こうした綿密な評価により、AWSの導入を決定でき、この経緯はAWSのグローバルの事例でも取り上げられているという。

システムの開発終了後も続くコストダウン

 続いて大木氏はビルのガラスを扱う事業「EBISUシステム」を例にAWSのコスト推移を示す。オンプレミスに比べてベースが安いのに加え、開発期間中は使わないサーバーを縮退させることで、費用を圧縮できた。

EBISUシステムでのAWSのコスト推移

 しかも、AWSによる値下げやインスタンスの見直しにより、開発終了後もコストダウンが継続的に行なえる。「AWSの場合、安価で高性能なものがどんどんリリースされる。だから、R4インスタンス採用で11%の削減でき、2017年からはリザーブドインスタンスを使い始め、さらに下げることができた」と大木氏は語る。

 また、SAPの基幹システムとデータセンターのコスト推移を見ると、まずデータセンターをフロア貸しからラック貸しに移行したことで、コストダウンを実現。その上で、オンプレミスのサーバーがAWSに移行したことで、さらなるコスト削減が実現した。2015年Q4と2018年Q3を比較すると総じて42.8%の削減が実現したという。SAPシステムは2016年から段階的に移行を進めており、現時点で7つのSAPシステムが移行されているという。

データセンターの縮小とAWSの拡大

 BCPに関しては、2011年の震災後に検討したが、データセンターのコストが高すぎるという課題があった。そこでAGCは大震災が起こった場合のオンプレミスとAWSの復旧時間の違いに着目した。オンプレミスの場合、震災で壊れたオーダーメイドのラックや機器を製造し直し、データを復旧させるためにおおむね2ヶ月かかってしまう。でも、AWSの場合は稼働しているデータセンターにシステムを切り替えればよいので、1日程度で復旧できるという。

BCPでは復旧までにかかる時間(RTO)を重視

 もちろん、ハイブリッドという選択肢もあるが、データセンターにシステムを残しておくと、災害時にはここが脆弱性になる。そこでAGCではデータセンターを縮小し、WANの二重化を進めた。これにより、データセンターがボトルネックになってシステムが利用できないという弱点を解消しつつ、SaaSへの直接ネットワークも行なったことで柔軟性を高めることもできたという。

攻めのITを展開できる組織にシフト

 当初、事務系の情報システムからスタートしたAWS導入だが、コストや運用面でさまざまなメリットが出てきたため、他部署からも利用したいという声が広まってきたという。とはいえ、無制限にAWSの利用を許可すると、セキュリティやガバナンス、運用面で混乱が生じることになる。そのため、情報システム部と外部パートナーが開発したのが「Alchemy」というプロビジョニングサービスだ。

 オンプレミスのときはハードウェアの製造、工事、設置といった構築作業、保守や増強、最終的には廃棄といった作業が必要だった。これに対してAlchemyは「Excel数枚書くと5日後にはサーバーがもらえる」(大木氏)という世界観。ポータルから申請すると、EC2、EBS、S3、Glacier、ELB、RDS、NLB・ALBに加え、一部のCLIとコンソールなどが最短5営業日で提供される。これにより、ITの標準化が徹底でき、スピード感も格段に上がったという。

インフラ開発の変化とAlchemy

 現時点で142のシステムがこのAlchemy経由で払い出されたサーバーで動いている。当初予定していた事務系のシステムだけでなく、スマートファクトリーを含む製造・技術系のシステムもAWSで稼働しており、今まで手つかずだったグループ会社も巻き込んでいるという。また、Alchemyの7つのサービスではカバーできない攻めのITも現れており、こちらはAWSをフル活用するためのChronosというシステムが用意されているという。クラウドへのリフトのみでなく、クラウドネイティブなシステムへのシフトも進めているわけだ。

AWS利用範囲の拡大

 さらに拡大し続けるAWSニーズをカバーするため、有資格者の育成にも力を注いでいるほか、攻めのIT向けのChronosを運営するための「デジタルイノベーショングループ」という組織も作られた。支えるITのAWS化で捻出できた人材を攻めのITに回せるような体制に移行でき、人財面・組織面でも大きく変化したというわけだ。

 2015年の説明会では、SAPシステムの移行を2020年と見積もっていたが、結果として2年前倒しした。また、データセンターの縮小や攻めのITまで当初に比べてかなりアグレッシブにプロジェクトを加速したことがわかる。「今となっては基幹システムのクラウド移行は珍しくないが、すでに2年半以上の稼働実績を持つのはまだまだ少ないので、先進的な事例だと思っている」(大木氏)と語るとおり、エンタープライズのクラウド移行の1つのお手本となるようなクラウドジャーニーだと感じられた。

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