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貿易で米独に勝てない日本経済が抱える過去の戦略ミス

2018年12月05日 06時00分更新

文● 西岡純子(ダイヤモンド・オンライン

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日本経済の弱点
Photo:PIXTA

 今年7-9月のGDP(国内総生産)は、物価変動分を除く実質で前期比年率▲1.2%と、マイナス成長に転じた。

 自然災害の影響が消費や輸出に影響したことが減少の主因で、経済の牽引役となっている民間企業の設備投資は8四半期連続で増加しており、落ち込みは一時的な動きだろう。

 だが先行きを展望すれば、日本経済が抱える課題は多い。海外では緩やかに需要が鈍化しているうえ、来年の年初から始まる日米物品貿易協定(TAG)交渉の結果次第では、輸出産業は今年ほど楽観はできない。

 さらには、来年10月実施の消費増税と、ビッグイベントが控える。だが懸念されるのはGDPの鈍化だけではない。

減り続ける交易利得
原油価格値下がりは朗報か

 日本経済は、海外への投資で“稼ぐ”体制へと移っている実態からいえば、GDPだけ見てみても経済の全体像を把握できない。

 海外への投資から得られる所得や、貿易取引における価格の変化が、国全体の所得にどのような利得をもたらしているのかという尺度も合わせて評価する必要がある。

 中でもこのところ注目すべきことは、交易利得の減少(交易条件の悪化)だ(図表1)。

◆図表1:交易利得と海外からの所得・純受取

(出所)内閣府 拡大画像表示

 交易利得とは、輸出入双方の価格の変化がどれだけ所得の流出入に影響したかを分析する指標である。

 例えば、商品市況の上昇(下落)は、エネルギー原材料を輸入に依存する日本経済には交易条件の悪化(改善)要因として働く。また、円高(円安)は輸入価格を押し下げる(押し上げる)ことで一般には交易条件の改善(悪化)要因である。

 国際競争力の向上(低下)で価格引き上げが積極化(消極化)することも、交易条件の改善(悪化)要因である。

 海外との取引では、貿易のほか、証券投資や直接投資を通じて所得の受取・支払も発生する。

 日本は国内での投資が抑制されてきた一方、海外への投資が積極化してきたことで、海外からの所得の受取(利子・配当収入など)が国民所得の嵩上げに存在感を増してきた。

 しかし、その海外からの所得・純受取もここ3年ほどは、改善が頭打ちとなっている。

 つまり、今の日本経済は、GDPの伸びが鈍い上、足元では交易利得が大きく減っていることと、それを相殺する海外からの所得流入の勢いも失せており、国民所得総額の伸びが総じて抑えられた状況にあるという、非常に厳しい状況なのだ。

 そうした中、ここ1ヵ月で原油価格は大きく低下した。これは朗報といえるのだろうか。

アジア諸国との競争で価格抑制
製品の差別化を後回しに

 交易条件の低下が始まったのは2000年央である。それまでは、どちらかといえば日本の交易条件は良好だった。

 だが、90年代の後半のIT革命をきっかけに、世界的に資本の生産性が向上し、また諸外国による市場開放の拡大で人・モノ・サービスの移動が活発になった。

 人手を必要とする工程は労働単価が相対的に安い新興国に集中し、いわゆる新興国と先進国の間での分業体制が定着するようになった。さらに、2001年に中国がWTOに加盟したことで、こうした世界レベルでの製造業の分業体制が加速度的に広がった。

 その折、日本はアジア諸国との競争で優位に立つための戦略として、製造コストの削減に力を入れ、アジア諸国の製品と価格競争で負けないために輸出価格の抑制を徹底した。

 本来なら、技術力や生産性などで、比較優位にある自国の輸出品目は、その優位性をもとに外貨建ての値段を引き上げることができるはずだ。

 だが、日本はアジアとの競争で値上げを回避し続けてきた結果、交易条件は実に2012年ごろまで長く、悪化の一途を辿ったのだった。

 もちろん、交易条件の悪化の一番の理由は、2006年ごろから2008年の間の原油価格の急騰だったが、当時は輸出価格の抑制と時期が重なったことで日本の交易条件の悪化が一層、加速した。

 ちなみに、輸出価格の抑制をしながら、日本企業が製品の高付加価値化を進めたのも事実である。

 自動車、電気機器、汎用性機械など、製品の差別化も進められた。

 しかし、製品の差別化が進んだ割には、価格の引き上げが後回しにされたことで、交易条件は悪化の一途を辿ったのだ。

輸出価格を引き上げた
ドイツとは好対照

 この点、高付加価値化や製品差別化で、交易条件を大きく改善させたのがドイツである。

 現在は交易条件の改善は2016年からの原油価格の反発とユーロ安で足元では鈍化しているものの、過去と比べて水準はなお高い。

 国内外で取引される物・サービスの“数量”の回復に加え、価格転嫁の進捗によって、ドイツ経済は国民所得が大きく伸びた。

 こうしたドイツの成長を見ると、産業構造が近いとされる日本が随分と水をあけられたことは明らかだ。

 15年ほど前のドイツ経済は日本と同様、デフレ的な経済状況に苦しみ、通貨統合後のユーロ高に促された交易条件の改善でも、2000年代前半の数量の改善は大きく出遅れた。

 その後、アジア経済の好況に乗って2000年代後半には輸出数量の回復に勢いが戻ったものの、当時の加速度的な交易条件の悪化(原油高)によって交易利得の本格回復を見ることなく、リーマンショックを引き金にした金融危機の影響を受けGDPも落ち込んだ。

 しかし、金融危機後のドイツは、原油安だけでなく、輸出品目の価格引き上げを進めたことで交易条件が改善、価格・数量の両面で収益が押し上げられた。

◆図表2:ドイツの交易条件と実質GDP

(出所)Haver, Bloomberg 拡大画像表示

原油安だけでは
交易条件の改善は一時的

 主要国間で交易条件の違いに影響をもたらすのは、大きくは(1)為替の影響の違い、(2)輸入構造の違い、(3)輸出構造の違い、の3点だ。

 これら3要因のうち、短期的にもはっきりと観測しやすいのは(1)と(2)である。

 日本の輸入構造は米独と比べてエネルギー関連の鉱産物および燃料のウェイトが高い。

 また、為替の影響度についても、日本では輸出取引全体の約5割が、輸入取引の約7割がドル建てだ。商品市況の変動と絡んだ為替ドルの変動で、輸入側のコストの上下が日本全体の交易条件を変動させやすい。

 これに対してドイツは財の輸出入の3分の2をEU域内での取引が占めており、自国通貨建ての決済の割合は日本よりも多い。

 輸出構造の違いも、特に日本とドイツの交易条件の差を説明する上で、重要な要素だ。

 日本とドイツの輸出相手国を見ると、ドイツはユーロ圏ないしユーロ圏を除くEUが6割強を占めるのに対し、日本は中国およびアジア新興国が半分以上だ。

 互いに地の利を生かした構造であることは明らかだが、その中でも違いと言えば、ドイツは所得水準の近い国との間で、最終製品を中心にした水平的な貿易取引が多いのに対し、日本は部品を提供した上で、アジア新興国で加工するという垂直的な分業体制が定着していることだ。

 前者のような水平的な貿易では、例えば自動車でも互いに輸出入を行うことで競争が展開され、技術力のある国の製品差別化が進みやすい。それが定着すると、比較優位にある国(ドイツ)は消費国に対し価格転嫁を進めやすくなる。

 一方で、日本は2000年初以降のアジア諸国の需要の拡大をビジネスチャンスととらえると同時に、アジア域内に急速にサプライチェーンを拡大した。

 国際競争力を維持する上で、技術力での優位だけでは足りず、価格を下げることでシェアを維持しようとしてきた。

 これこそが日本の交易条件が改善しにくくなった背景であり、ドイツに大きく水をあけられた理由である。

 日本の産業を活況にする上で、円安が必要だとする主張が今なお多い。確かに円安は輸出競争力を向上させることは事実である。しかし、肝心のドル建て価格を積極的に引き上げることができない限り、国民所得の安定した増加は続かない。

 結局は、原油価格など、その時々の商品市況の上下に所得の流出入が左右され、一喜一憂する状況は続いてしまうだろう。

株価の低迷も同じ理由
「値上げ我慢」では限界

 ちなみに、米独では、交易条件の改善と数量が回復する局面では総じて株価が上昇している。

 米国では、このところ株価の動向が不安定なことから、米国経済の変調を懸念する声も多いが、交易条件と数量双方が安定して改善している状況から考えると、米国の株価が過去のリセッション時のような急激な調整局面を迎えるとは思えない。

 一方ですでに交易条件が悪化に転じ、貿易取引の数量も頭打ち感が出てきている日本の株価が、米国の株価に比べて、低く評価されているのも、理由がないことではないのだ。

 日本はエネルギー原材料の調達を輸入に頼る経済であり、原油など商品価格の低下は日本経済にとって朗報のはずだ。しかし、一方で製品の差別化や高付加価値化で輸出価格を引き上げる取り組みがないと、交易条件の改善もそのとき限りでそれは一時的な恩恵なのだろう。

 企業が値上げを我慢しコスト削減で頑張るといった「デフレマインド」を放棄しないままでは、国全体で見た所得の流出を許してしまうことになる。

 そして結局、それは国内で財政赤字を吸収する余力がなくなることにもつながってしまう。

(三井住友銀行 チーフ・エコノミスト 西岡純子)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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