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限界を超えた金融緩和は「4つの弊害」でむしろ成長を妨げる

2018年11月07日 06時00分更新

文● 河野龍太郎(ダイヤモンド・オンライン

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Photo:PIXTA

 日本銀行の金融政策が極めて分かりづらい。

 将来の金融政策を予想する上で、インフレ率や需給ギャップの動向だけでなく、金融政策の副作用が政策に大きく影響し始めているためである。

 2016年9月のYCC(イールドカーブコントロール、長短金利操作)導入も、2018年7月の「強力な金融緩和継続のための枠組み強化」も、金融緩和の継続がもたらす副作用の軽減が政策の主眼だった。いずれも、景気やインフレに対応した措置ではない。

 金融政策の運営で常に副作用を意識することは必要だが、政策反応関数を考える上で、副作用を明示的に、あるいは直接的に考慮しなければならなくなっているのは、日本銀行だけではないか。

 このことはすでに、限界に近い、あるいは限界を超えた金融政策が実施されていることを意味するのだろう。

金融政策の効果の本質は
将来の需要の前倒し

 まず認識すべきは、金融政策というのは、効果があってもその本質は「将来の需要の前倒し」にすぎないということだ。

 新たな付加価値が生み出される訳ではない。金利低下によって、企業や家計の支出が増えているとすれば、それは、将来、行われるはずだった支出が前倒しされているからに他ならない。

 それ故、金融緩和が長期化すると、前倒し可能な支出が枯渇してくる。いくら資本コストが低下しても、家計や企業が、将来の支出を全て前倒しすることはあり得ないからだ。

 政策規模がスケールアップしているにもかかわらず、政策効果が小さくなっているのは、このためである。日銀も、現実には、政策効果が小さくなっているから、政策をスケールアップしてきたということだろう。

 もちろん、新たな付加価値を生み出すものではないとしても、金融政策には大きな意味がある。それは、景気平準化のメリットである。

 経済に大きなショックが訪れた際、金融緩和を通じて、将来の需要を前倒しし、景気の振り幅を小さくすることは、経済厚生を改善させる。

 完全雇用の領域に入ってもなお、潜在成長率を超えて高い成長が続く場合、それは将来の需要を先食いし、先行きの景気の落ち込みをもたらす要因にもなるため、ここでも平準化が必要となる。

 リアルタイムでは、潜在成長率の上昇か、循環的な景気の過熱かを判別するのは難しいが、後知恵で考えれば、多くの場合は、後者であり、近年は過度な金融緩和が行われたことによる金融的不均衡の蓄積だった。

 それならば、せめて緩和的な金融環境を修正し、足元の過熱を抑え、持続可能な成長の維持を目指すべきである。

 しかし現在、日銀は完全雇用を超えてもアグレッシブな金融緩和を続けている。「2%インフレ目標」を達成することが目的だが、そのメリットは、もしインフレ醸成に成功しても、それで少しばかりの利上げが可能となり、将来、景気が落ち込んだ際には多少の政策余地を作ることにすぎない。

 一方で、後述するように、政策のコストは逓増している。

インフレ目標実現の近道は
潜在成長率の引き上げ

 ここで金融政策の効果を規定する潜在成長率や自然利子率との関係をおさらいしておこう。

 仮に潜在成長率や自然利子率が高い水準にあれば、将来の所得の継続的な増加が見込まれるため、前倒し可能な需要は大きくなる。金融緩和の効果が得られやすいということである。

 反対に、潜在成長率や自然利子率が低い水準にあれば、大規模な金融緩和を行っても、将来の所得の増加を見込むことができないため、前倒し可能な需要は乏しく、政策効果は得られない。

 日本経済の現状を見れば、このように、潜在成長率や自然利子率が低迷していることが、金融政策の大きな制約となっているのである。

 仮に今後も2%インフレを目指すのなら、近道となるのは、潜在成長率や自然利子率の引き上げであって(これは政府や民間の役割である)、金融緩和の規模拡大や長期化ではない。

 非伝統的な金融政策の先駆けとなった1998年のクルーグマン教授の提言で、理論上、ゼロ金利制約下でもインフレ予想に働きかける政策の効果があると考えられたのは、将来、潜在成長率や自然利子率が回復することを前提としていたからだ。

 つまり、そのモデルでは、バブル崩壊による潜在成長率や自然利子率の一時的な低下への処方箋が論じられていた。将来において、過剰ストックや過剰債務が解消され、潜在成長率や自然利子率が回復しているからこそ、その段階における金融緩和の効果を前借りできる。

 しかし、日本のように人口動態などを背景に潜在成長率や自然利子率が恒常的に低下するなら、理論的にも期待に働きかける金融政策には効果がない。クルーグマン教授も後にそのことを認めたが、既に日本銀行が今のQQE(量的・質的緩和策)を開始した後だった。

 リーマンショックを引き金にした国際金融危機以降、米欧の成長率はようやく回復してきたが、結局、それは長い時間をかけて過剰債務や過剰ストックが解消され、低下していた潜在成長率や自然利子率が回復してきたからである。

 一連の非伝統的な金融政策に効果があったとしても、それは需要の前倒しだから、不況局面で、より大きな景気の落ち込みが避けられた一方で、その後の回復ペースを抑えた可能性もある。

 つまり、危機時の大量の資金供給は必要不可欠だとしても、それ以外の非伝統的な金融緩和がなければ、景気の落ち込みは深かったかもしれないが、その後の回復はもう少し早かったかもしれない。

 また、現在、筆者が懸念しているのは、金融緩和の長期化によって、再び金融的不均衡がつくられ、総需要がかさ上げされている、というリスクである。

 ここまでの議論をまとめると、伝統的金融政策、非伝統的金融政策にかかわらず、金融緩和の効果の本質は、需要の前倒しであり、新たな付加価値が生み出されている訳ではないことだ。

 つまり、無から有は生まれない。総需要の平準化、つまりマクロ安定化は必要だが、それは将来の需要を犠牲にしているということだ。

メリットより「弊害」大きい
資源配分や所得配分をゆがめる

 したがって、総需要の平準化ではなく現在の日銀のようにインフレ期待の醸成を目的に金融緩和を続けるのなら、今から述べるように、コストばかりが膨らみ、それによって多少の金利調整のわずかな「のりしろ」を作るということ以外に政策を正当化する論拠を見出すことは難しい。

 リアルタイムでは、メリットは大きいように見えても、それは、正常化の際に現れるコストによって、相殺される性質のものである。

 いまの日銀の金融政策のかじ取りを見れば、実態は効果が相殺されることを恐れて、正常化を選択できず、政策継続のコストが逓増し始めたようにも見える。

 非正統的な金融政策に多くの人が魅了されるのは、株価や不動産価格など資産価格が比較的大きく反応を示すためだ。

 だが、過去6年近い日本の「実験」でも明らかになったように、実体経済への波及効果はそれほど大きい訳ではないし、さらに物価への影響は相当に小さい。

 資産価格の上昇に比べて実体経済への効果がそれほど大きなものではなかったからこそ、海外でも非正統的な金融政策が長期化したのである。

 また、非伝統的な金融政策の手仕舞いが進めば、これまで押し上げられてきた株価や不動産価格にも当然、下押し圧力がかかる。そのことを懸念するから、必要な手仕舞いが進まない、というのが現状ではないか。

 QQEが始まる前の段階から、筆者は、例えば2010年の包括的緩和についても、副作用が相当に大きいのではないかと懸念していた。

 政府がさまざまな経済改革を行っているにもかかわらず潜在成長率が上昇しないのは、超金融緩和の長期化によって、需要が先食いされているだけでなく、さまざまなゆがみが生じ、潜在成長率や自然利子率が低下していることが原因なのではないか。

 第一の弊害は、資源配分が大きくゆがめられていることである。

 本来、不況期には、好況期に積み上げられた非効率の調整が行われ、経済の新陳代謝が進む。しかし、ゼロ金利政策の長期化によって、非効率な企業の存続が可能になり、そのことが新規企業の参入も困難にする。

 新たに生まれるのも、ゼロ金利の下でしか採算の取れないような投資プロジェクトである。あるいは超低金利の下で、不動産価格の上昇が続かなければ採算の取れないような投資プロジェクトだ。

 1995年以降、数度の景気循環が繰り返されているにもかかわらず、事実上のゼロ金利政策が固定化されていることの弊害に今一度、目を向けるべきである。

 第二の弊害は、所得分配が大きくゆがめられていることである。

 ゼロ金利政策の長期化で、本源的な貯蓄の出し手である家計から、企業部門や政府部門に所得移転が続けられている。そして問題は、低金利のメリットを受ける企業部門の支出性向が大きく低下していることだ。

 不況期には、金利低下や円安によって、企業部門をサポートすることに大きな意味がある。しかし、企業部門が改善すれば、本来は、金利が上昇して利子所得が増える。

 また、金利上昇を背景に円高が進むことで輸入財の価格下落などを通じて実質購買力が上がる。金利上昇と円高を通じて、家計にも企業部門の回復の恩恵が広がるのである。

 しかし、企業部門への悪影響を恐れて、日銀が金利をいつまでも抑え込み、円高を避けようとしているから、本来の経済の主役であるはずの個人消費がいつまでも回復しないのではないか。

 とりわけ高齢化が進むと、企業部門優先の政策の有効性はますます低下する。

「円安」は付加価値生まない
他国の需要を引き寄せるだけ

 金融政策の効果として、為替のチャネルが重視されるようになってきた。グローバル化の進展で、今や金融緩和の効果と言えば、為替を通じた効果とも言える。

 金融緩和で新たな付加価値を生み出すことはないと述べたが、それは為替のチャネルも同様で、「他国の需要を自国に引き寄せる」効果しかない。これは、グローバル経済全体で見れば「ゼロサム」である。

 もし金融緩和が修正されれば、通貨安も修正が始まる。他国の需要を自国に永久に引き寄せることはできないため、結局これも「需要の前倒し」と表現すべきかもしれない。

 実際、先食いした需要の調整を恐れて、円安政策の手仕舞いに踏み切ることができない状況になっているのではないか。そのことは、資源配分や所得分配をさらにゆがめ、潜在成長率や自然利子率を一段と低下させる。

 2005~2007年当時、加工組立を中心に日本の製造業は、円安の永続を前提に国内の生産拠点を大幅に増やし、それが大きな過剰ストック、過剰債務をもたらした。

 当時、ライバルだった韓国や台湾の企業が、人件費を抑えるため、生産拠点を中国や東南アジアに移転していたにもかかわらず、である。

 今でもリーマンショック後の円高で日本の製造業が大きなダメージを被ったと多くの人は考えているが、当時、実質ベースでみると、それほど極端な円高になった訳ではない。

 それでも日本経済が大きなダメージを被ったのは、危機以前の実質円安が行き過ぎであり、それが永続することを前提に、国内で過剰ストックが積み上げられたためだ。

 この教訓もあって筆者がいま、心配しているのは、インバウンド消費の行方である。

 インバウンド消費が活況なのは、1970年代半ばに匹敵する超実質円安も大きく影響している。もし、円高へ巻き戻しが起きると、インバウンド消費が落ち込むだけでなく、その永続的な拡大を期待して宿泊業など関連分野で積み上げられた過剰ストックや過剰債務の問題が一気に表面化する恐れがある。

 トレンドを超えた需要の伸びは、需要の先食いでしかあり得ない。さらに過剰債務や過剰ストックが蓄積されているのなら、潜在成長率や自然利子率そのものも低下する。

 もし、需要のトレンド自体が改善しているのなら、多少、円高が進んでも、インバウンド需要は頑健なはずである。

 通貨安には、消費者など輸入価格上昇でデメリットを受ける経済主体から、輸出企業など輸出価格上昇でメリットを受ける経済主体への所得移転という側面もある。

 前述した通り、実質円安は、海外の需要を日本の財・サービスに惹きつけるため、不況期には、輸入物価上昇のデメリットを相殺して余るほどの、輸出数量拡大という大きなメリットがあることは確かだ。

 ただ、それにしても、なぜこれほどまでに日本社会では円高恐怖症が強いのか。

 考えられる理由の一つは、円高が訪れる局面では、世界経済が不況に陥っていることが多いからだろう。

 日本で円高不況と呼ばれる場合、そこには、円高による輸出価格下落のデメリットだけでなく、世界経済が落ち込むことの負の所得効果も含まれている。

 景気拡大局面では、輸出セクターが被る円高のデメリットは小さいはずであり、経済全体ではむしろメリットの方が大きいように思われる。

 しかし、結局、景気拡大局面でも円高を避けようとするから、そのメリットを享受できず、不況局面ではより大きな円高のデメリットを被らざるを得なくなる。

 せめて景気拡大期には、円高回避に血眼になるのではなく、円高のメリットを享受できる社会つくりに励むべきである。

財政規律が弛緩
政治が慢心、改革遅れる

 話を極端な金融緩和の長期化の弊害に戻そう。三つ目の弊害は、財政規律の弛緩である。

 日本の場合、実質資本コストが低下しても、企業や家計は支出を容易に増やさないが、政府は支出増で強く反応する。

 本来、政府が支出を増やすと、長期金利が上昇し、それが政治的な財政膨張圧力の歯止めになる。しかし、日銀が長期金利を完全に抑え込んでいるために、そうした抑制効果が全く働かなくなっている。

 公的債務が大幅に増えても、利払い費が抑制されている結果、QQE以降は、不況期だけでなく、完全雇用になっても、追加財政が繰り返されるような有様だ。

 しかし恒常的な財政赤字で、資源配分がゆがめられ、これも潜在成長率や自然利子率の回復を遅らせる要因になる。

 財政健全化がすっかり棚上げされていることとも関係するが、非伝統的な金融政策によって資産価格ばかりが押し上げられるため、政治がそれに慢心して、潜在成長率や自然利子率を回復させるための経済構造改革が遅れていることも懸念される。

 次から次へと新たな政策が打ち出されているが、ポリティカル・キャピタルが分散され、十分な効果は得られていない。改革の短期的な痛みを取り除くために取られたのが、非伝統的な金融政策だったということはすっかり忘れ去られている。

 政策当局者の間で、2013年1月に政府と日銀の間で交わされた共同声明を読みかえす人はいるのだろうか。

 極端な金融緩和の長期化の四つ目の弊害は、金融システムへの悪影響だ。

 極端な金融政策の継続で需要の前倒しを促すということは、企業や家計が支出のために借り入れを増やすことを意味する。

 問題は、結果的に金融機関が収益に見合わないような過大なリスクを取り、経済に過剰債務や過剰ストックが蓄積されることである。

 日銀も10月の金融システムレポートで認めた通り、目先は緩和的な資金調達環境により総需要が喚起されるとしても、そのことは将来、膨張したバランスシートの調整を大きくすることに他ならない。

 総需要喚起の効果が大きければ、それは将来の落ち込みが大きくなるということである。金融システムへの悪影響を考慮しなければならなくなったという点では、超金融緩和の弊害は相当に深刻化している。

政府や民間の過剰債務
金融システムを不安定化

 もちろん、収益性の高い投資プロジェクトが、さまざまな情報をもつ金融機関によるマッチングで掘り起こされているのなら、貸し出しの増加は、将来の潜在成長率や自然利子率の上昇につながる。それが、本来、金融業に課せられた責務である。

 しかし、現実に増えている融資の一部には、好景気かつゼロ金利環境でしか採算のとれないような投資プロジェクトへの資金供給もあるだろう。

 不況になれば、それらは、過剰債務や過剰ストック、同じことだが不良債権となり、潜在成長率や自然利子率はさらに低下する。

 景気拡大局面にある現在、信用コストは著しく低下しているが、不況になれば上昇する。

 通常、金融機関の収益悪化に対し、中央銀行ができることは、短期金利を引き下げてイールドカーブを立て、利鞘確保の機会を提供することだ。

 しかし、現状の金融政策の下で不況が訪れると、イールドカーブをスティープ化させる余地はない。預金による資金調達が多いため、マイナス金利の深掘りは金融業にとり致命的である。

 また、長期金利の引き上げは、イールドカーブのスティープ化をもたらしはするが、資産価格の下落を引き起こすため、不況期には政策としてとり得ない。まさに手詰まりである。

 結局、日銀が次回の不況期にとり得るのは、ETFなどリスク資産を大量に購入するといった政策になるのだろうか。

 それはそれで弊害は大きいが、やむなしということになるのだろうか。

 経済全体で、過剰債務をつくり出すことは、金融システムに悪影響を与え、金融政策の有効性を低下させるが、懸念されるのは、民間部門の過剰債務の膨張だけではない。

 前述したように、超低金利環境の下で、公的債務の膨張が助長されていることも、金融システムの安定を損なう。

 それは、金融部門が大量の国債を抱えているためである。

 日銀が買い支えれば済む話と考える人もいるかもしれない。ただ、日銀が政策手段とするベースマネーの価値の源泉は、日銀のバランスシートの裏側にある保有国債の価値によって担保されている。

 国債価値に疑念が生じれば、日銀のマネタリーベースの価値にも大きな疑義が生じる。国債を買い支えるためにマネタリーベースを増やすことは、国債とマネタリーベースの価値の大幅な低下を引き起こすことにつながりかねない。

 金融政策の目標は、「物価の安定」と「金融システムの安定」を通じて、経済厚生を向上させることだ。それが最も素直な日銀法の解釈だろう。

 1990年代末の金融危機時もデフレスパイラルは回避され、物価の安定は何とか維持されてきたが、低い成長率の理由をデフレに求める声が強まるなかで、極端な金融緩和の長期化を余儀なくされてきた。

 だが日銀が2%のインフレ目標の達成にこだわり、極端な金融緩和をこのまま続ければ、民間の過剰債務や公的債務の膨張で、いずれ金融システムが不安定化し、経済厚生に悪影響が及ぶ。

 そうなれば本末転倒である。

(BNPパリバ証券経済調査本部長 河野龍太郎)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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