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「Table Unstable」夜の部パネルディスカッションレポート

「科学は正義か悪か」CERN・シュタゲ作者・落合陽一らが会した夜

2018年10月22日 18時00分更新

文● BookLOUD 根本 編集●北島幹雄/ASCII STARTUP

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 量子コンピューターとブロックチェーンという未来の情報処理技術を中心テーマに世界の科学者・技術者が集う会議体「Table Unstable」が、初めて日本で開催された。このイベントには、欧州から欧州原子核研究機構(CERN)も参加しており、スイス・ジュネーブから3名の研究者が京都府宮津市を訪れた。

 日本からは国内量子コンピューター研究の第一人者である京都大学の藤井啓佑准教授、計算機ホログラムや最適化計算のアプリケーションで知られる筑波大学の落合陽一准教授、量子力学と情報理論の融合によって生まれた量子情報に関する研究で知られる大阪大学の井元信之名誉教授らに加え、科学的根拠を元にしたリアリティーのある表現で展開されるアニメやゲームでの人気コンテンツ『STEINS;GATE』(シュタインズ・ゲート)原作者として有名な志倉千代丸氏が参加した。

 本記事では「Table Unstable」夜の部として開催されたパネルディスカッションの様子をレポートする。その作品内で悪の研究機関セルン(SERN)に勝利した鳳凰院凶真の生みの親である志倉氏と正義の研究機関CERNとの対決はいかに?

パネルディスカッション参加者

鈴木淳一氏(株式会社電通国際情報サービス オープンイノベーションラボ プロデューサー、東京大学)
John Ellis氏(CERN)
Alberto Di Meglio氏(CERN openlab所長)
Oday Darwich氏(CERN)
藤井啓佑氏(京都大学 准教授)
井元信之氏(大阪大学 名誉教授)
落合陽一氏(筑波大学 准教授)
志倉千代丸氏(SF作家)
佐藤基起氏(シビラ株式会社)
(文中、敬称略)

パネルディスカッション参加者

セルンはどんな悪いことをしているかという妄想がある(by 志倉千代丸)

鈴木淳一(以下鈴木):パネルディスカッションを始めるにあたり、皆さんから一言ずつもらいたいのですが、まずは志倉さんからお願いできますか。

志倉千代丸(以下志倉):僕自身もともと作詞作曲から始まり、音について興味を持っていて、音とは何か、波形とは何か、それをプログラミングするようになり、音楽を作るようになり、ツールを作って作曲するようになった。それから物語を作るようになり、それがアニメーション、小説になっていった。そういうメディアミックスになっていくうちに、いつのまにやら作家と書かれるようになってしまったのですが、もともとは私もプログラマーで、理系なんです。だから皆さんと同じようにブロックチェーンやAIについて語りたい。2、3時間は語れると思う。

 今日はセルン(注:志倉氏の作品『シュタインズ・ゲート』中では読みは同じだがスペルの違うSERNという別の研究機関が登場している。本パネルディスカッションではそれらを区別していないので、どちらもカタカナの「セルン」と表記する)さんが来ていて、セルンにさん付けするの初めてですが、大変申し訳ありませんが、私が書いたシュタインズ・ゲートという作品の中で、セルンがいろんな社会の中で長きにわたって貢献されていることはもちろん存じているんですが、その裏側で、テクノロジーを使って、セルンはどんな悪いことをしているのだという妄想があります。今でも疑ってかかっているし、今日はもう家に帰れないんじゃないかと思っている(笑)。

 今日はセルンさんと握手して帰りたいなと思っています。

 さて、夢を抱いて科学に挑んできた多くの科学者のみなさんは、昔は古典物理学の世界でいうと、宇宙に興味があった。そういう時代から、素粒子や粒子のようなミクロの世界に興味がいって、宇宙の世界についてもミクロの世界から説明がつくのではないかと科学の世界の興味がうつってきた。僕も宇宙にも興味があるし、ミクロの世界も興味がある。

 原子とクオークの大きさは全然違いますが、それを観測できる時代になり、それを衝突させて何が起こるかわからない実験やれるようになった。何が起こるかわからない実験って、核実験より危険な実験ではないか。それをいったい誰の許可を得て実験をやっているのか。それをまずお聞かせいただきたい。

SF作家 志倉千代丸氏

Alberto Di Meglio(以下Alberto):時々、科学者は正しくないこと良くないことをやるかもしれない。しかし科学は常に正しい。

 (問いを見つけると)人間は答えを求めてしまう。それは人間の性である。常に良くありたいと思ってはいるが、答えを求めることが科学であり、答えを得たときに、それを使いたくなってしまうこととは別の問題である。人間は進化をするものだから、より良いものを見つけるために頑張る。ガンにしても、昔は治らなかったが今は治せるようになってきている。

 ときどき良くないことをする人がいることは事実だが、でも科学は、より多くの設問に答えられるようになるために、止まることはない。

CERN openlab所長 Alberto Di Meglio氏

John Ellis(以下John):お子さんがいる方は知っていると思いますが、いつも「なぜ?」「なんで?」と子供に聞かれます。科学と同じようなものです。私は50年ほど科学に触れているが、その間、いろいろな進化や後退が繰り返されていた。現れたり、なくなったりした。

 WWW(World Wide Web)は情報の伝達に非常に役立っている。それはみなさんを情報の暗闇の中から外に連れ出してくれるという非常に良い面もある。しかしネガティブな面もある。

 たとえばプライバシーについては非常に注意しなくてはならない。悪いものを暴くのは良いのだが、一般の方のプライバシーが(自己)コントロールできなくなるのは良くない。

 科学自体は悪いものではないから、テクノロジー、特にITの問題じゃないのかな?

CERN John Ellis氏

Oday Darwich(以下Oday):私は2人(AlbertoとJohn)より経験が浅いが、プライバシーについても研究している。Facebookが始まったころ、写真を載せるべきかどうかという議論があった。今はもう写真くらいならいいんじゃないかと議論にもならなくなった。テクノロジーの問題ではなくソーシャルの問題なのではないか。

 議論について言えば、世代間の壁というものがある。年配者は若い人の話を聞いてくれない。アイデアがあっても会議の議題に乗せにくい。若い人からすると話を聞いてくれないことが多いので、アイデア自体を話すのが怖い、と感じてしまうことがある。だから(年配者の方から)若い人の話を聞いて、議題に乗せていくことが大事。しかしインスタグラムなど新しい技術の話では、若い人の話もよく聞いてくれる。

CERN Oday Darwich氏

鈴木:いい人にも悪い人にも(良し悪し)両面ある。たとえば悪くなくなったらモテないとか。何をしでかすかわからないという危うさは惹かれる。今日いらしたセルンのお三方は何かやろうとしたらできてしまう。エクストリームビッグに悪いことをやろうとしてセルンに入っていたら、何をしでかすんだろう、というところがある。

志倉:私はそれを物語にしてビジネスにするんですが(笑)。

怪人二十面相って悪い人じゃない(by 井元信之)

鈴木:悪い人か良い人かわからない的な人で言うと、落合陽一さんもテレビに出るたびに炎上する。このあいだは猫背だからと炎上した(笑)。報道番組のコメンテーターとして出たときに服装や姿勢が向いていないと炎上した。しかし視聴率は2ケタに行く。

 悪い人いい人については、悪い人がいてこそのいい人だと思うし、全部が良い人ばかりだとつまらなくなる。

志倉:時代ごとに豊かさの定義が違う。サイエンスやデジタルなテクノロジーが人間にフィードバックされるなら、それは良いものだと思う。それに寄与している科学者は素晴らしいと思う。

 逆に悪いことに使わなくても、人類を豊かにすることではなく、自分の知的好奇心を満たしたいだけの人、そのために、リスクがあってもやってしまう人は、僕にとっては悪い人だと思う。

 物質世界では我々もデジタルなテクノロジーを利用している。フィードバックがなければ僕たちには意味がない。

John:白黒つけるのは難しい。基本的には真実を追求し、純粋に知識を求めていく。たとえばがんが治るのようなポジティブなことを求めていく。ときどきそうではない方向に行ってしまうこともないではない。しかし悪い方向に行こうという意思はない。

鈴木:サイエンスの中で基礎研究が今日のみなさんのバックグラウンドかと思います。最近で言うと本庶佑先生がとったノーベル賞も基礎研究と言われているが、基礎研究が基礎研究のままで終わっていて、事業性や経済合理性がともなっておらず、(したがって事業化されず)その人が報われるのはノーベル賞だけ、という状況はあまり良くない。では基礎研究がどうであれば(良い)基礎研究足りえるかというと、知識が溜まってくこと。知識が溜まっていって、ビジネスレイヤーに昇華していくのだろうと思う。

 知識につながるまでの経緯というのは、まずサイエンスの手前にアートがあり、アートとサイエンスの間には大きな断絶がある。アートがないと気付きがない。気付きがないと取り組もうというモチベーションがわかない。その壁を、量子コンピューターは超えたのではないか。日の目を見ない時代に頑張っていた代表例が藤井先生ではないかと思う。藤井先生、一言頂けますか。

藤井啓佑(以下藤井):私はどちらかというとEvil側の人間だと思う。なぜ量子コンピューターに興味を持ったかというと、コンピューター上に世界が再現しているという映画『マトリックス』の世界観が楽しいと思ったから。

 世の中は量子力学でできているので、古典コンピューターでは再現できない。我々の世界をつぶさに再現するためには量子コンピューターが必要。そういうモチベーションで興味を持っている。

 量子コンピューターは暗号をハッキングするとかの文脈で取り上げられて、しばしば反社会的と言われる。一方で量子技術を使えばプライバシーを守ることもできる。問題ができればテクノロジーで解決できるのではないか。自分としては好奇心で量子コンピューターに興味を持っている。そういうわけで自分はEvil側かと思う。

京都大学 准教授 藤井啓佑氏

井元信之(以下井元):原子爆弾の父と言われているオッペンハイマーは、広島と長崎をみて反原子爆弾に転向した。しかし水素爆弾はまだソ連が作るかもしれないので、その前に作らなくてはいけないと思ったのがエドワード・テラー。テラーはオッペンハイマーが非常に不利になるような証言をして、オッペンハイマーは不幸になった。

 ファインマンがノーベル賞を取った時、(同時受賞は3名までという)人数の制約で取ることができなかったフリーマン・ダイソンはテラーを嫌っていた。ダイソンの別荘を開けっぱなしにしていたら、バッハの変ホ短調のプレリュードが聞こえてきた。それを弾いていたのはテラーだと聞き、テラーを許そうと思った。そんなに急に宗旨替えをしていいのかと思った。

 昔、『少年探偵団』という話がありまして、そこで怪人二十面相を明智小五郎と小林少年が追いつめた。そうしたらバッハのフーガがパイプオルガンから聞こえてきた(シーンがあった)。それを読んだとき、僕は怪人二十面相って悪い人じゃないんだと思った。

 音楽をやる人には悪人が少ないと思う。科学者はそれほど(少ない)とは思わない。でも基本的には芸術家も科学者も悪人は少ないという感じに僕は思っている。

 ちなみに私は星新一のショートショートが好きで、彼の本に僕の作品が掲載されています。SF作家とは言わないかな。

大阪大学 名誉教授 井元信之氏

軽やかに飛び越えるのレベルが違う(by 鈴木淳一)

 ここから話題はシビラを中心にブロックチェーンについての展開となる。

鈴木:シビラはR&Dをやっている会社だが、儲けようとしていない。何のために仕事をしているんでしょう?

佐藤基起(以下佐藤):自分の直感に従って仕事をしている。(直感に)従うために仕事をしているので、仕事ではないかもしれない。

 たまに(天から)降ってくる。ブロックチェーンは久々に降ってきたもの。

シビラ株式会社 佐藤基起氏

鈴木:ブロックチェーンでも交換業者を目指して(取引所として儲けようとして)いる会社もたくさんあるが、そことシビラは何が違うのか。

佐藤:代表の藤井(隆嗣)の代わりに好き勝手しゃべりますが、シビラは彼がビジネスをやりたくないと言って作った会社です。それまで彼は突き詰めてビジネスをやっていて、その可能性に限界を感じていたという経緯がある。

 その人の下で直感にブロックチェーンが引っかかってきた。ビジネスをやらないという、取引所とかそういうビジネスをやらずに、どうやって儲けるのか、どうやって儲けなくても生きていけるのか考えるのか、そういうよくわからない誰も答えをしらない直感を感じたところに全力で取り組んでいる頭のおかしい集団という感じ。

鈴木:シビラさんとの打ち合わせはだいたい昼間やれない。空いてる時間はかなりこま切れでそれに合わせて動くしかない。彼らのやっているのは相当尖ったこと。誇大妄想的。どうやったら今の技術で尖ったことができるかをギリギリまで考える。わりとそれはアートに近いところがある。事業というより、いわゆる研究だと思う。

 落合さんに聞きたいのだが、研究者を育てないのか、アーティストを育てたいのか。どういうことを目指して研究室を運営しているのか。

落合陽一(以下落合):この前ツイートしたが、トップカンファレンスに通そうと思えばそうするし、トップジャーナルに通そうと思ったらそうする。突然展覧会を開こうと思ったら観客動員数の多い展覧会やるし、突然コンサート開こうと思ったらコンサート開く、ファッションをやりたくなったらファッションショーやるみたいなスタイルで、社会に対してコンピューターメソドロジーをいかに出していくのかというところで、要素としてペーパーワークはアカデミック的に重要だけど、ペーパーばかり書いていてもしょうがないわけで、社会実装するようなことを、僕もベンチャー企業でやっているわけですが、それらを軽やかに超越するような人が必要だと思っている。

 つまり、各々のルールにとらわれる人より、各々に入ったらトップを取れる人の方がいいですね。そうでないとダメだと思う。たとえばトップカンファレンスに論文をずっと通し続けている人は一流だけど、フラッと来てトップカンファレンスに論文を通してしまう人もやっぱりすごい人だと。

 そういう人が、フラっとアートの方に来て作品全部売れていったりとか、そういうのを積み重ねてキャリアを歩んでいくというのは非常に能力が高くないとできない。レジリエンスが高いというか、頭の切り替えが早くて処理能力が高くて、テックセンスとカルチャーセンスが良い。そういう人を何人作れるかが勝負だなと思っている。

筑波大学 准教授 落合陽一氏

佐藤:サトシ・ナカモトって、学術的に見たらどういう感覚になるのか。

落合:クールなペーパーだと思います。

鈴木:2人が考えている世の中の見方が違っていると思う。打ち合わせしていると、落合さん今度いつ空いてますかと聞くと、2時ですと、それが夜中の2時だったりする。全然軽やかに飛び越えるのレベルが違っている。

 2人のなかで今やっている作業のフィードバックって求めていないんじゃないか。

落合:全然求めていない。物を作って売って利潤が得られなくても、まわりまわって利潤が得られればいいやと思っている。今だって大学から給料もらってない。

 そこで利益を得ようと思うとスケールが小さくなるが、人生というレールの上で、トータルで資本と利潤として回収できれば十分。ある1ヵ所をすべて黒字化しようとしていると、大きなことはできない。

 お金を追わない方が良い場合も多い。そういうことを考えることが大事だと思っている。

The token is not the coin.

佐藤:ブロックチェーンでできることって、社会に対して問いを投げることだと思う。プロトコルという形で、トークンエコノミーって表面的な話だと僕は思っていて、ホントは深いことがあるしそれも話をしたいんだけど、結局自分が社会に対して疑問に思っていることを、今までは経済学者が社会制度を思いついても、それが実装されるまでは非常につらかった。ブロックチェーンの世界では、予測市場に基づいたガバナンスみたいなものがある。

  試してみたらどうなるかわかんないイノベーティブな提案なのに社会実装されない。問いのままで終わる、机上の空論として終わる。それを社会に投げるための道具だと思ってブロックチェーンと向き合っている。

 極論、自分の中で社会に対して投げた問いに対して、それに反応して代わってくれるであるとか、それが非中央集権のフィールドでできる(のがブロックチェーン)。投げたら絶対に消えない状態で残る、そういうところに魅力を感じている。お金というより自己満。

井元:ブロックチェーンというのを聞いて、面白いなと思ったのだが、良い会社と悪い会社があったら良い会社には投資しやすいはず。その良いというのはどこから湧いてくるのか。2つ目は、良い・悪いの情報源がネットだったりしたら、本当に良いかどうかわからない。決心していいものかどうかわからないのではないか。

佐藤:1つ目(良い・悪いの情報)はプロトコルから湧いてくる。日銀ではない。ビットコインもプロトコルから報酬がわいてくる。誰かが中央集権的にありがとうと出すのではない。

落合:本質的には価格がついていることに意味がない。ブロックチェーン技術と仮想通貨の間の関係性は、アプリケーションとしての仮想通貨であって、ブロックチェーンが本質的に仮想通貨であるということはない。

 特殊な方法でないと生み出せない通貨機能を持ったものがあって、それをほしいと思っている人が現存通貨と交換しようと言い出したら価格が決定される。みんないらないと思えばゼロ円になる。

佐藤:宗教のようなもの。価値があると思えば価値が生まれる。良い悪いが決まるのも絶対的な基準ではなく、民主的に決まる。特に「投資」と「ブロックチェーン」は分けて考えた方が良い。ブロックチェーンによって生まれた仮想通貨によって投資が成り立っているが、そもそも投資とセットのようなものではない。

鈴木:仮想通貨ではなくトークンと考えると、トークンは同じ価値観を持った人同士でないと受け渡しができないというもので、貨幣経済が好きだという人はキャッシュと同じ機能をビットコインに求めているだろうが、ビットコインのトークン機能に関しては、思いやりのある人同士でコミュニティーを作りたいと思えば、その方々の間でトークンの位置づけはお金に換金できない。自分のコミュニティーの存在価値という形で、IDとなりうる。

 どういう価値観をほかの人と共有したいかみたいなところにトークンが使われていくのだろうと思う。

 今日のイベント参加者に渡したUSBメモリーに入っているトークンを使えば今日のTable Unstableに参加したということも証明できる。さらにお友達、仲間トークンという形に昇華することもできる。

参加者全員に配布されたUSBメモリー

鈴木:たとえば今隣に座っている人と、僕はどのくらい近しい関係なのかということを証明したければ、お友達トークンというものを作ってしまえばよい。そうすると、「これまで僕はだれだれさんの門下生でした。だから僕を入社させてください」という本当かどうかわからない履歴書じゃなくて、明らかにあなたはこの人と会っているよね、周りの人も証明しているよね、とできる。

 その人たちと価値観を共有しているよね、というのがトークンエコノミーであり、その証明は周りの人によって行なうことができる。中央集権的な機関によってではなく。トークンエコノミーとして新しい価値で人と人がつながっていく、そのなかで価値の交換をしていく、というようなものではないかと思う。

 トークンはこれからも進んでいくが、これまでの金融の歴史が世界の歴史の中の日本の歴史と違っているところもあって、まだ仮想通貨が誇大視されているところがあるのかと思う。普通にICOが発展しているパリやジュネーブやベルリンではICOの中でのトークンの価値と、法定通貨の価値というものを正しく客観化できている、相対化できているのかと思う。

左:イノラボ プロデューサー 鈴木淳一氏、右:CERN John Ellis氏

セルンと未来ガジェット研究所の歴史的和解がなされた夜

 志倉氏とCERNのバトルで始まったパネルディスカッション。まず志倉氏は、科学的事実の追求が悪意と離れた行為であることを知りながらも、その行為に伴うリスクを踏み越えようとする意識の中に悪が隠れているのではないかと問いかける。これに対してCERNは、事実の追求は人間の本質として、個々の人間が悪に走ることがあったとしても、その本質とは分けて考えるべきと反論する。

 志倉氏は人間へのフィードバックをもって科学の正義を示すものと規定しており、とするならば自ら悪の側にいるとする藤井氏は、その業績からして正義の側にいることを証明しているのではないのか。人間の多面性を示す井元氏のたとえ話に人間の本質の一端が垣間見える。

 シュタインズ・ゲートの主人公、鳳凰院凶真は“Dメール”を送信して過去を改変したが、志倉氏は彼の本質を悪とみなしているのか。それとも改変をすべてキャンセルしたから問題ないと考えているのか。志倉氏に問うてみたら、CERNと同じ答えが返ってきたかもしれない。

 またパネルディスカッションの後半で、ブロックチェーンとは社会に対して問いを投げることという佐藤氏の考えは極めて興味深い。最初のアプリケーションであるビットコインが余りにも強烈な経済的インパクトを社会に与えてしまったがゆえに、貨幣経済と切り離して考えることが困難になってしまった。しかしブロックチェーン技術は、むしろそこへのアンチテーゼを社会実装するための武器であるということなのだろう。

 本イベントでは参加したすべての学生にトークンが配られた。思いやりのような価値観は目に見えない。それを共有したいという想いを具現化する道具がトークンであり、そのバックボーンとしての活用にこそブロックチェーン技術の意義があると鈴木氏は彼らに伝えたかったのではないか。そして純真な若者にこそブロックチェーン技術に取り組んでほしい、という想いがこのイベントを実現させたのではないか。そう強く印象付けられたパネルディスカッションであった。

セッションの最後には、セルンと未来ガジェット研究所の歴史的和解がなされた!

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