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リーマン後10年、「労働節約的イノベーション」が新たな危機の火種になる

2018年09月12日 06時00分更新

文● 河野龍太郎(ダイヤモンド・オンライン

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Photo:PIXTA

「リーマンショック」から10年目となる2018年9月15日が近づいてきた。危機のもとになったサブプライムローンなどを封じる金融規制強化は進んだが、新たな「火種」も見え隠れする。危機は再び繰り返すのか。

サブプライム危機の「真実」
金融当局に強い反省

 まず、金融規制の問題だが、規制当局は、危機は繰り返さないと口をそろえる。そうした主張を、単に「希望的観測」とか「行政の無謬性の罠」と片付けることはできないだろう。

 サブプライム危機の原因の1つは、当時の誤った金融規制の導入で、大手米銀が過大なリスクテークに走ったことであり、このことについては、監督当局には強い反省がある。

 一般に、サブプライム危機が起きたのは、低金利を背景に米国で住宅ブームが生じ、資金調達のためにサブプライム・ローンなどが膨張、それを元に証券化商品が乱造され、ブームが崩壊したからだと解説される。

 しかし、因果関係はむしろ逆だった。

 証券化商品へのニーズが強まり、それを組成するためにサブプライムローンなどが粗製乱造され、住宅バブルが醸成されたのが実態だ。

 それではなぜ証券化商品へのニーズが高まったのか。

 証券化商品の中でもニーズがあったのは、トリプルA資産とされていたスーパー・シニアと呼ばれる部分を集めた高利回りの債券だ。

 だが2004年の銀行規制では、リスクが低く、銀行が保有する際には規制上の資本を割り当てる必要がないとされた。本当はリスクがあるから利回りが高いのだが、それを考慮する必要がないと監督官庁がお墨付きを与えてしまった。

 利にさとい大手米銀は一斉にその商品に飛びつき、その組成のため劣悪なサブプライムローンが粗製乱造され、それに伴って住宅バブルが起きたのである。

 銀行は、規制上リスクが小さいはずのスーパー・シニア債を大量に保有していたため、バブル崩壊で大損失が発生、それが破綻の原因の1つとなった。

 大手米銀は、いわば、規制の隙間をついて儲けていた。リターンが高くとも規制上リスクがないと認定されていたから、十分な資本も準備されていなかった。

 さらにどの銀行も一斉に同じところに資金を投入するから、バブルも生じた。銀行業の行動原理を考慮しない規制が、危機の種をまいたという構図だ。

 それ故、サブプライム危機後、銀行規制は世界的に強化されている。今のところ大銀行を巻き込む危機が訪れる可能性は(多分)小さい。

是正されたグローバル・インバランス
中国の経常収支は大幅減

 危機を生んだ背景にあったグローバル・インバランス問題も、今は状況が大きく変わった。

 当時、大手米銀がスーパー・シニア債を欲したのは、正真正銘のトリプルA資産である米国債の金利が大幅に低下したことが、そもそもの原因だった。

 中国や日本など経常黒字国の過剰貯蓄が向かった先が米国債であり、その結果、米国準備制度理事会(FRB)が利上げを続けたにもかかわらず、中国などの旺盛な米国債購入で米国の長期金利はほとんど上昇しなかった。

 それ故、長短スプレッドを確保できなくなった大手米銀がスーパー・シニア債に向かったわけだ。

 当時に比べると、米国の資本輸入は大きく減少し、経常黒字国の資本輸出も、日独を除くと、かなり抑制されている。過剰貯蓄国の代表の1つだった中国の経常黒字は、今やゼロ近傍まで縮小している。

 今は、サブプライムバブル時のように、経常黒字国の過剰な資本輸出によって、米国の長期金利が低く抑えられ、不均衡が生じているとは必ずしもいえなくなっている。

新たな危機の断層線
「労働節約的なイノベーション」の光と影

 それでは、金融的不均衡をもたらす断層線は今や存在しないのか。近年、筆者が強く懸念しているのは、先進国における所得分配がもたらす問題だ。

 日米独を中心に先進各国は完全雇用の状態にあるが、賃金上昇はなお緩慢で、その結果、物価上昇の動きは鈍い。景気拡大が長期化しているにもかかわらず、FRBの利上げペースが遅いのもこのためだ。日本に至っては、政策金利の引き上げのめどすら立っていない。

 この底流には、労働分配率の趨勢的な低下傾向がある。生み出された付加価値における労働の取り分が低下し、資本の取り分が上昇しているのだ。

 労働分配率が趨勢的に低下しているのは、90年代末から加速したイノベーションやグローバリゼーションが大きく影響している。

 先進国で観察されるのは、製造業の生産工程の新興国へのオフショアリングであり、「労働節約的なイノベーション」である。この結果、生産性上昇率が高まっても、その果実は、資本やアイデアの出し手に向かい、平均的な労働者の所得増加にはつながっていない。

 これまで、実質賃金の引き上げには、生産性の上昇が不可欠であり、そのためにはイノベーションやグローバリゼーションを推進すべきだと長い間、論じられてきた。

 確かにオフショアリングなどで生産効率は大きく改善したが、それは労働分配率の低下をもたらし、必ずしも実質賃金の上昇にはつながっていない。

 オフショアリングで中間的な賃金の仕事が先進国で減少し、比較的高い賃金の仕事と比較的低い賃金の仕事が増え二極化が進んだことが、トランプ政権が貿易戦争を開始した背景の1つだが、問題はそれだけではなかった。

 所得増加が資本やアイデアの出し手に集中することは、次のようなマクロ経済上の大きな問題を引き起こす。

 所得が増えても、それが、いわゆる「富裕層」のような消費性向の低い経済主体に集中することは、経済全体では、消費が大きく増えず、貯蓄が積み上がって、投資でスムーズに吸収できないことを意味する。

 経済を均衡させる自然利子率がマイナスの領域まで下がっても、実際の名目金利はゼロ以下に下がらないため、総需要を刺激できず、 経済は長期停滞に陥る。

 先進国経済は、資産バブルによる総需要のかさ上げなしには、完全雇用に達することが難しくなる。

バブルを作ることでしか
完全雇用に到達できない

 新興国へのオフショアリングが始まったのは1990年代の終盤からだが、過去20年間で、米国が完全雇用に達したのは、2000年のドットコムバブルと2005~2007年のサブプラムバブルの時だけだ。

 つまり、もはやバブルを作ることでしか、米国は完全雇用に到達できないのではないか。そして現在、米国が完全雇用にあるのは、バブルで総需要をかさ上げしているから、というのが筆者の仮説である。

 バブルは弾けるまで、それがバブルであることは認識できない。今回はクレジットスプレッド(債務不履行のリスクに応じて上乗せさせる金利)が縮小していることを背景に、社債の大量発行が続いている。また、社債発行で調達された資金が、自社株買いに回っていることも気になる。

 自然利子率がマイナスの領域まで低下しているため、バブルを醸成して総需要をかさ上げすることでしか、完全雇用に到達できないというのは、ローレンス・サマーズ教授の「長期停滞論」で指摘されたことだ。

 だが教授らの主張と筆者の考えでは、一点、大きな違いがある。

 サマーズ教授らが主張していたのは、イノベーションの枯渇で設備投資が不活発になり、貯蓄を吸収できず、自然利子率がマイナスの領域まで低下したということだった。

 しかし、今やあらゆるところでデジタル革命の進行が観測される。

 筆者が考えるのは、イノベーション不足ではなく、労働節約的なイノベーションが進んだ結果、消費性向の低い一部の経済主体に所得増が集中し、自然利子率が大きく低下したのではないか、ということだ。

 一方でこうした問題は、本来なら、所得再分配政策で対応すべきだが、政治的には簡単ではない。

 イノベーションやグローバリゼーションの恩恵を受けるエスタブリッシュメントへの反発として始まったのが、トランプ大統領の「ポピュリズム政治」だが、それでもトランプ氏はあくまで元凶を国外に求めている。

 国内の所得分配構造そのものに手を付けようという動きは、今のところ起きていない。

 結局、金融緩和で無理に対応しようとするから、資産価格ばかりが上昇して、バブルが生じる。これが、米国経済に次なる危機をもたらす「断層線」である。

 これまでは主に製造業の生産工程のオフショアリングだったが、2010年代後半に入り、非製造業にもオフショアリングが広がろうとしている。

 自然利子率がマイナスの領域に入った場合、バブルを醸成する以外、総需要をかさ上げして完全雇用に達することは不可能なのか。

 実は方法は2つある。1つは、通貨安に誘導することで大幅な経常黒字を作ること。もう1つは、大幅なPB赤字を作ることである。国外の需要や将来の需要を先食いすることで過剰な貯蓄を吸収できる。

 実際、ドイツが完全雇用にあるのは、GDP比で8%前後の経常黒字を醸成しているからであり、日本は、4%前後の経常黒字と、3%前後のPB赤字を醸成している。

 しかし、いずれも持続可能とは言えない。米国のバブルが崩壊すれば、FRBが金融緩和に転じ、ユーロや円は対ドルで大幅な増価を余儀なくされるため、両国とも完全雇用を維持できなくなる。

いつまでバブルは続くか
実体経済の表裏の関係

 それでは、どこまで米国のバブルの膨張が可能なのか。

 筆者の念頭にある経済モデルでは、資産価格の上昇が続くのは、実体経済が好調だからではなく、さえないからである。

 中央銀行が資産価格に強く働きかける政策を繰り返してきた結果、資産市場は既に実体経済を正しく映す鏡ではなくなっている。実物投資の機会が限られ、貯蓄の行き場がないから、資産市場に流れ込み、資産価格が上昇する。

 ただ、それはいつまでも続かない。資産価格が上昇を続ければ、資産効果によって総需要がさらにかさ上げされ、実体経済が過熱し金利が上がるためである。

 金利が低いからこそ、資産価格の上昇が続いていたのだが、金利上昇が始まれば資金が金融市場から逃げ出し、資産価格は上昇しなくなる。そして、上昇が止まれば、逆回転が始まり、バブルは崩壊する。

 こう考えると、新興国からの資金流出が始まり、貿易戦争が火ぶたを切った3月以降も米国株が大きく崩れず、高値圏で推移しているのが説明可能かもしれない。

 本来、新興国からの資金流出は不確実性をもたらし株価の下落要因になるはずだが、資金が米国に還流すると、長期金利が抑えられ、逆に株価が上昇する。

 同じように、貿易戦争も本来は株価の下落要因になるはずだが、新興国への懸念から、米国に資金が還流し、長期金利が抑えられ、株価は上昇する。

 一般に株価が下がると思われている要因も、閾値を超えるまでは、長期金利の抑制を通じ、株価を押し上げる。

 一方で、反対に長期金利の押し上げ要因になるものは、本来は実体経済の押し上げ要因であっても、株安をもたらす。

 2月に株価が調整したのは、財源が十分でないまま、トランプ大統領が社会インフラの増強に言及したためだった。

 財政膨張懸念から長期金利が上昇すれば、前述した通り、資産価格の上昇が続かなくなる。今後、貿易戦争の悪影響が米経済にも現れ、仮にその悪影響を吸収すべくインフラ投資や追加減税にトランプ大統領が言及するようなことがあれば、株高要因になると思いきや、金利上昇を通じ、株式市場は動揺するのかもしれない。

カギを握るFRBの利上げ
資産市場の過熱を警戒する議長

 さて、こうした資産市場の動きに、大きく影響を与えるのがFRBの金融政策だ。

 近年、歴代FRB議長は、インフレが過熱しなければ、極力、景気拡大を短縮化させるリスクを回避すべく、利上げペースを抑えてきた。だがその結果、2度のバブル醸成をもたらした。

 しかし、パウエル議長は、8月のジャクソンホールの講演で、景気拡大を短縮化させるリスクだけでなく、利上げが遅れることで、景気が過熱するリスクにも配慮するとしている。さらに、過去2度の景気過熱はインフレ上昇ではなく、資産市場における過熱であったとも明言している。

 マーケットは経済の大きな落ち込みに対して「何でもやる」というパウエル議長の発言に、パウエル・プット(株価サポート政策)を読み取り、さらなる株高で反応した。ただパウエル議長の講演の真意は、インフレが落ち着いていても、資産市場が堅調なら、利上げを続けるというものだったようにも思われる。

 もし、そうした政策にFRBが舵を切るのなら、実体経済から大きく乖離した株価が大きな修正局面を迎える可能性がある。

 あるいは、現代の民主主義のもとでは、政治的に独立した中央銀行といえども、株式市場から独立した政策は取れないと考えたほうがいいのだろうか。

(BNPパリバ証券チーフエコノミスト 河野龍太郎)


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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