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新生サッカー日本代表は3歳も若返り、予想以上の世代交代は吉と出るか

2018年09月11日 06時00分更新

文● 藤江直人(ダイヤモンド・オンライン

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森保ジャパン
9月7日、森保ジャパンのメンバーが約200人のファンやサポーターと撮った集合写真 写真:JFA提供

最大震度7を観測した北海道胆振東部地震の発生を受けて、7日に札幌ドームで予定されていたチリ代表との初陣が中止となった新生日本代表。舞台を大阪・パナソニックスタジアム吹田に移し、11日のコスタリカ代表戦に臨む森保ジャパンの顔ぶれは、日本中を熱狂させた先のワールドカップ・ロシア大会で躍動した西野ジャパンから一新され、23人の平均年齢もちょうど3歳若返った。東京オリンピック世代となるU‐21日本代表監督も兼任する、森保一新監督(50)が進めていくチーム作りの意図を、札幌の地における経験を踏まえながら紐解く。(ノンフィクションライター 藤江直人)

北海道で大地震が発生したその時、
日本代表選手たちはどう過ごしていたか

 電気が止まり、真っ暗闇となったホテル内の階段を壁伝いにゆっくりと降りていく。いつ余震が襲ってくるかも分からない恐怖に駆られながら、日本代表の選手たちは努めて冷静さを保ち、一緒に階下へ向かっていた他の宿泊客たちに優しく声をかけ続けた。「大丈夫ですか」と。

 6日午前3時8分に発生した、最大震度7を観測した北海道胆振東部地震。最新のFIFAランキングで12位の強敵チリ代表と札幌ドームで対峙する、新生日本代表の初陣となる7日のキリンチャレンジカップ2018へ向けて、3日から札幌市内で合宿を行っていた選手たちもパニック状態に陥った。

 チームは札幌市の中心部からやや離れた場所にある、高層ホテルの上層階のワンフロアを借り切る形で宿泊していた。寝静まっていた時間帯に突然叩き起こされ、直後に全館が停電となった状況を、DF槙野智章(浦和レッズ)は生々しく明かしてくれた。

「ものすごい音とものすごい揺れで、みんないっせいに部屋から飛び出しました。そのまま廊下に集まって『どうしようか』となったところへ、ホテル側から『貴重品を持って下の大部屋に集まってください』と指示がありました。とにかくバッグを持って下へ向かいました」

 目指したのは2階の食事会場。おそらく2時間ほど待機しただろうか。窓の外がやや明るくなるまで思いの丈を語り合った中で、槙野が音頭を取る形で、ある行動を起こそうと一致団結した。

「みんなが持っているSNSのアカウントを介して北海道の皆さんへ、もちろん北海道の方々だけではなく今回の台風で被災された方々へ対しても、何か発信して伝えていこうと」

 半日が経過した6日16時半に、日本サッカー協会(JFA)はチリ戦の中止を発表した。北海道全体が甚大な被害に見舞われ、電力を含めたライフラインや公共交通機関に大きな影響が生じた状況と、何よりも札幌ドームへ足を運ぶファンやサポーターの安全を考慮した上での決断だった。

 チリ戦の中止決定に先駆けて、前日に札幌ドームで予定されていた両チーム監督の公式会見と公式練習も取り止められていた。ホテル近くの公園へ散歩に向かい、選手たちに軽く体を動かさせることで練習の代わりとさせた森保一監督は犠牲者の冥福を祈り、行方不明者の生存が確認され、被災者の生活が一刻も早く日常に戻ってほしいという思いを込めながら、そして自家発電で停電や断水からすぐに復旧した環境とホテル側の努力に何度も感謝しながら、試合よりも優先されるものがあると静かに言葉を紡いだ。

「もちろん試合はやりたい。選手もそのために準備してきましたし、海外組も遠くから来てくれましたけれども、こればかりは自分たちでコントロールできる問題ではありません。自然災害には太刀打ちできませんし、こういう想定外のことも受け入れながら、与えられた環境の中でベストを尽くして次につなげていきたい」

新生日本代表は予想以上に斬新な顔ぶれに
背景に森保監督が表明した「世代交代」

 昨年10月から務めてきた、2020年の東京オリンピック世代となるU‐21日本代表監督と兼任する形で、森保監督がA代表も率いることが決まったのが7月末。図らずも注目を集めてきた新生日本代表メンバーは、事前に飛び交った予想をはるかに上回る斬新な顔ぶれとなった。

 2大会ぶり3度目の決勝トーナメント進出を果たした、ワールドカップ・ロシア大会の代表メンバー23人から引き続き名前を連ねたのはわずか6人。さらに合宿開始直前になって、山口蛍(セレッソ大阪)と大島僚太(川崎フロンターレ)の両MFが故障で辞退した。

 残るGK東口順昭(ガンバ大阪)、槙野、DF遠藤航(シントトロイデンVV/ベルギー)、DF植田直通(セルクル・ブルージュ/ベルギー)のうち、ロシアでピッチに立ったのは槙野しかいない。それもポーランド代表とのグループリーグ最終戦だけだった。

 大会開幕を迎えた時点の平均年齢が、6度目を数えた日本のワールドカップ史上で最高齢の28.26歳に達した西野ジャパンは、一部のファンやサポーターから「おっさんジャパン」と揶揄された。一転して合宿初日時点における森保ジャパンの平均年齢は、25.26歳とちょうど3歳も若返った。

 国際Aマッチ出場数が「0」の選手もGKシュミット・ダニエル(ベガルタ仙台)、DF佐々木翔(サンフレッチェ広島)、DF冨安健洋(シントトロイデンVV)、MF伊藤達哉(ハンブルガーSV/ドイツ)、MF堂安律(FCフローニンゲン/オランダ)に加えて、山口と大島の代わりに追加招集されたMF天野純(横浜F・マリノス)、大卒ルーキーのMF守田英正(川崎フロンターレ)と7人を数えている。

 一方で最多となる33試合の槙野を含めて、国際Aマッチ出場数が二桁に達している選手はわずか4人。23人の国際Aマッチ出場数の合計は「117」で、長谷部が2006年から12年半にわたって積み重ねてきた「114」とほぼ変わらない数字となった。

 ここまで大胆に顔ぶれが刷新されたのはなぜなのか。答えは7月末に都内のホテルで行われた就任会見の席上で森保監督が表明した、所信のひとつである「世代交代」にある。

「世代交代は必ず必要になってきます。ただ、ベテラン選手を呼ばずに若い選手と入れ替えるのではなく、ベテラン選手の持っている経験を若い選手たちに伝えてもらいたい。世代交代という言葉ありきではなくて、この世界にはやはり競争があります。魅せられる選手、走れる選手、実力がある選手が生き残っていく世界だと思っています」

 積み重ねてきた濃密な経験を伝える側として、各ポジションに30代の選手が一人ずつ招集された。GKは32歳の東口、DFは31歳の槙野、MFはキャプテン及び「17番」を代表から引退したMF長谷部誠(アイントラハト・フランクフルト/ドイツ)から引き継いだ32歳の青山敏弘(サンフレッチェ広島)、そしてFWでは30歳の小林悠(川崎フロンターレ)がそれぞれ該当する。

 青山は5月下旬から千葉県内で行われた西野ジャパンの第1次合宿に招集されながら、右ひざを痛めて無念の辞退を強いられた。小林もハリルジャパンの最後の活動となった、3月のヨーロッパ遠征までリストに名前を連ねている。

 東口と槙野には一時は史上初のベスト8進出へ手をかけながら、決勝トーナメント1回戦で強豪ベルギーに逆転負けを喫した悔しさ、そしてロシアの地で試合に絡めなかった悔しさも経験の一部として伝える。青山と小林は、最終的なメンバーに残れなかった悔しさをその後の活躍の糧としてきた。

 西野ジャパンからの継続性は、経験を伝えられる側の人選にも色濃く反映されている。ロシア大会でピッチに立てなかった遠藤と植田だけではない。MF三竿健斗(鹿島アントラーズ)とFW浅野拓磨(ハノーファー96/ドイツ)は、第1次合宿に招集されながら最終選考で選外となった。

 3月のヨーロッパ遠征のマリ代表戦で、国際Aマッチ初出場初ゴールをゲット。強烈な爪痕を残すもロシア大会代表に選出されなかったMF中島翔哉(ポルティモネンセSC/ポルトガル)も、DF車屋紳太郎(川崎フロンターレ)らとともに約5ヵ月半ぶりに代表復帰を果たした。

 さらにはGK権田修一(サガン鳥栖)、DF室屋成(FC東京)、三浦弦太(ガンバ大阪)、MF伊東純也(柏レイソル)も、Jリーガーだけのチーム編成で臨み、宿敵・韓国代表に歴史的な惨敗を喫した昨年末のEAFF E‐1サッカー選手権以来の代表招集となる。

 2015年10月を最後に代表から遠ざかっていたMF南野拓実(ザルツブルク/オーストリア)を含めて、捲土重来を期す選手たちを強烈に突き上げる存在が7人の初招集組となる。特に19歳の冨安、21歳の伊藤、そして20歳の堂安は東京オリンピックの主軸候補でもある。

もうひとつの狙いは「世代間の融合」
兼任監督だからこそできるチームづくり

 それぞれの所属チームで確固たる居場所を築いているヨーロッパ組のホープたちを大抜擢した点に、森保監督が掲げたもうひとつの所信、世代間の融合をスムーズに進める狙いが込められている。

 実は年代別の代表に関しては、各国協会は海外クラブの所属選手に対する拘束力を持たない。U‐21日本代表が準優勝した先の第18回アジア競技大会(インドネシア・ジャカルタ)と同様に、今後の活動においても冨安、伊藤、堂安の3人をU‐21日本代表に招集できる保証はない。

 ならば、各国協会に選手を招集する権利が生じる国際Aマッチデーで3人をA代表に呼び、森保流スタイルに慣れさせればいい。2000年のシドニー五輪と2002年のワールドカップ日韓共催大会を指揮したフィリップ・トルシエ監督以来となる兼任監督だからこそ実践できた逆転の発想と言っていい。

 当然ながら、10月と11月で計4試合が組まれている国際親善試合シリーズでもA抜擢へされる若手が出てくる。その分、U‐21日本代表には新たな選手が入る。世代間の融合が進めば、必然的に日本サッカー界全体の底上げにもつながる。

「来年1月のアジアカップへ向けたチーム作りとしては、海外組の選手たちも10月か11月のタイミングで招集できればと思っています。それぞれのコンディションを見ながら決めていきたい」

 森保監督も札幌合宿初日に、ロシア大会で西野ジャパンのレギュラーを担ったDF吉田麻也(サウサンプトン/イングランド)、DF長友佑都(ガラタサライ/トルコ)、MF香川真司(ボルシア・ドルトムント/ドイツ)、MF柴崎岳(ヘタフェ/スペイン)、MF乾貴士(レアル・ベティス)、FW大迫勇也(ベルダー・ブレーメン/ドイツ)らも候補に入っていると明言。今後において切磋琢磨させていく方針を掲げている。

 本来ならばチリ戦が行われるはずだった7日午後、森保ジャパンの23人は札幌市郊外の練習場で紅白戦を行った。場所は非公表だったが、それでも約200人のファンやサポーターが駆けつけて熱い声援を送った。サッカーをやっていていいのか、という迷いにも通じる思いはこの瞬間、吹き飛ばされた。そして、練習後に槙野がある行動を起こした。

「一緒に写真を撮りましょう!」

 JFA側に許可を取った上で、クールダウンを終えた選手たちとファンやサポーターがいたバックスタンド前へ足を運び、笑顔でシャッターに収まった理由を槙野はこう説明した。

「練習場に来て僕たちにエールを送ってくれた北海道の方々に対して、最後に触れ合う中で一緒に写真を撮る、あるいはひと言、ふた言話すことで一歩踏み出せる勇気を持ってもらえるきっかけを作っていければ、という思いでした」

 微笑ましい集合写真はすぐに槙野のインスタグラムで、「たくさんの北海道の方に元気や希望を」というメッセージとともに公開。3万件を軽く超える「いいね!」が寄せられている。

 一夜明けた8日、チームは空路で大阪へ移動した。森保ジャパンの始動メンバーに選ばれた喜びだけではない。見ている人たちへ勇気と元気を届けられる、サッカーというスポーツに携わっている責任感と使命感を北海道の地であらためて認識し、モチベーションをも駆りたてられた選手たちは、パナソニックスタジアム吹田で行われる11日のコスタリカ代表戦から、気持ちも新たに生き残りをかけた戦いに臨む。


※本記事はダイヤモンド・オンラインからの転載です。転載元はこちら

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