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ロードマップでわかる!当世プロセッサー事情第475回

業界に多大な影響を与えた現存メーカー 創業100年を超えるIBM

2018年09月10日 12時00分更新

文● 大原雄介(http://www.yusuke-ohara.com/) 編集●北村/ASCII.jp

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 今月から新シリーズのスタートである。コンピュータ業界にいろいろな影響力を残しつつ消えていったメーカーは少なからずあり、そうしたメーカーを「業界に痕跡を残して消えたメーカー編」として連載354回から(途中でお休みなどもいただきつつ)448回まで、トータル62社を紹介してきた。ただ、まだ消えてないメーカーも多数あるわけで、今回からはそうしたメーカーを紹介していきたい。

IBM初期のロゴ

IBMは創業100年を超える
現役のコンピューターメーカー

 ということでトップバッターは当然ながらIBMである。正式名称はInternational Business Machines Corporation、創業は1911年で、すでに100年を超える歴史を持っている。

 実のところ、コンピューターに関わっている現存するメーカーの中で100年を超えるところはほとんどない。たとえばGE(General Electric Company)は創業1892年なのでIBMより歴史が古いし、1959年にはメインフレーム事業に参入している。

 連載325回で触れた“IBM and the seven dwarfs(IBMと7人の小人)”のうちIBM以外で会社として残っているのはGEのみではあるのだが、そのGEは1970年にメインフレーム事業から撤退、コンピューター部門はHoneywellに売却(そのHoneywellもコンピューター事業を1986年に仏Bullに売却)しており、もはやコンピューターメーカーとは言い難い。

 日本では、日立製作所が1920年2月1日設立、創業は1910年となっており、設立からまもなく100年、創業からなら100年を超えている計算である。

 日立は1951年にコンピューターの研究を始め、1955年に戸塚工場で試作を開始しているから立派なコンピューターメーカーだったわけだが、2017年5月にメインフレームの製造を中止

 今年4月にはストレージやネットワーク機器などの製造を担っていた子会社の日立情報通信マニュファクチャリングをUMCエレクトロニクスに売却しており、これでハードウェアの製造から完全に撤退したことになる。ソフトウェアの開発は引き続き行なっているが、それだけでコンピューターメーカーと名乗るのは厳しい。

 富士通はまだコンピューターメーカーを名乗る資格があるが、こちらは1923年創業なので100年までもう少しであり、現状100年を超えていて、かつコンピューターメーカーを名乗れるのはNECのみといったところか。

 沖電気や三菱電機もやはり100年を超えているが、もはやコンピューターの製造・販売は中核事業からかなり遠いところにあり、やはりコンピューターメーカーを名乗るのは厳しいだろう。こう考えると、IBMがいまだにトップランナーとしてコンピューター業界に君臨しているのはなかなか驚異的ですらある。

 IBMはもともと3つの会社が合併して形成された。1つ目がThe Tabulating Machine Companyで、ここはHerman Hollerith氏が1896年に創業した。最初の社名はThe Hollerith Electric Tabulating Systemで、これが1905年にはTabulating Machine Companyに、1911年にはThe Tabulating Machine Companyに改称されている。

 同社はパンチカードを利用した集計機械を得意としていた。Hollerith氏は1879年から1882年にかけてアメリカ合衆国国勢調査局に努めており、大量の構成調査情報を集計する作業に携わっていた。

 この用途に向けてHollerith氏はパンチカードの集計機のアイディアを考案して1886年には最初の特許を取得。1890年代にはそのアイディアを実装した電気機械式の集計機が完成、国勢調査局に納入される。

これは1890年製の集計機(左側)と並び替え箱(右側)のレプリカだそうである。並び替え機は集計機から制御したとか
利用されたパンチカードはこんな具合。要はマークシートの代わりに、該当する場所に穴をあけるだけである

 これにより、国勢調査局は調査結果の集計に1880年代は8年かかっていた(!)のが、1890年代には6年(!!)に短縮されたそうである(*1)

(*1)この数字は諸説あり、10年かかっていた仕事を3ヵ月に短縮した、3ヵ月ではなく6週間だ、3年だ、などいろいろ言われている。またこれによって経費を1890年当時で500万ドル(インフレ率を換算すると2018年では1億3800万ドル相当)削減できたという記述もあるが、どの程度正確かはわからない。

 データをパンチカードで入れるのが大変そうと思われるかもしれないが、なにしろ1890年代のことなので、国勢調査を全国で行ない、その結果の(時として手書きの)数字をタイプライターで打ち直して国勢調査局に送り、国勢調査局はそれを目で見ながら集計するという手間になる。

 ここでタイプライターをキーパンチャー(パンチカードに穴をあける機械)に置き換えれば、現場で数字に合わせてパンチされたカードを国勢調査局に送り、国勢調査局はそれを集計機で読み取るだけである地区の集計ができることになるため、これは大いに現場の負荷を減らすものとして歓迎されたようだ。

 この集計機、米国だけでなくロシア、オーストリア、カナダ、フランス、ノルウェイ、プエルトリコ、キューバ、フィリピンでも採用されたそうである。さらに各国の国勢調査局だけでなく、鉄道会社などにもリースされることになった。

 Hollerith氏は集計機だけでなくカードフィーダー(パンチカードを読み込む機械)やキーパンチャー、さらには非常に原始的ではあるが集計機のロジックをプログラミングできるType I Tabulatorなどを発明した。

これはType III Tabulatorだそうである。本体に電話交換機のようなジャックと配線が並んでいるが、これでロジックの組み換えが可能になったらしい

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