メルマガはこちらから

PAGE
TOP

完全英語のピッチイベントが日本のヘルスケアスタートアップに欠かせない理由

Healthcare Venture Conference KYOTO2018 レポート

連載
アスキーエキスパート

国内の”知の最前線”から、変革の先の起こり得る未来を伝えるアスキーエキスパート。筑波大学の小栁智義氏によるライフサイエンスにおけるオープンイノベーション最新動向をお届けします。

 2018年夏、京都では6月18日の大阪府北部地震、7月第1週の西日本豪雨に続いて記録的な暑さが続いていた。このさなかの7月3日(月)、京都駅からJR嵯峨野線で一駅の丹波口駅にほど近い京都リサーチパークにおいて、「Healthcare Venture Conference KYOTO2018」(以下、HVC KYOTO2018)が開催された。当日はW杯ロシア大会の決勝トーナメントで日本代表がベルギーに挑んだ試合の翌日であり、寝不足の参加者が多かったにもかかわらず、緊張感あふれるイベントが行なわれた。

 2016年のプレスカンファレンス、2017年の第1回に続いての開催となり、今回は国内外から24のスタートアップCEO、事業責任者、あるいは研究成果の事業化を目論む大学の研究者が登壇した。今回は筆者も企画に加わっているこのイベントをご紹介し「ヘルスケア」に特化したピッチの現状と課題についてご紹介する。

HVC KYOTO2018の会場の様子とその規模。経済産業省傘下の日本貿易振興機構(JETRO)、京都府、京都市、京都リサーチパーク(株)が主催。ヘルスケア製品販売企業として世界最大のジョンソン・アンド・ジョンソン、日本最大の製薬企業である武田薬品工業、医療機器機開発を専門とする(株)日本医療機器開発機構、京都のものづくり企業であるJOHNAN(株)をはじめ、ヘルスケア企業や、ヘルスケア進出を目指す大企業、ベンチャーキャピタルがスポンサーとなっており、アカデミアからは京都大学産学官連携本部が共催した

日本のヘルスケアスタートアップが抱える課題

 ここ数年、ベンチャー企業のピッチイベントが数多く行なわれているが、ヘルスケア系スタートアップに関わる筆者が常に感じていた課題が2つあった。

 まず、IT関係が中心であり、若干ものづくり関係のメンターは入っているものの、開発に期間がかかり販売チャネルも特殊なヘルスケア製品について、適切なアドバイスやメンタリングが行なわれない現状があると言うこと。

 そしてもう1つは、ヘルスケア事業は「健康」や「疾患」と言った生活の上での根源的な課題を解決する事業なので、その市場は世界に広がっているが、多くのピッチは国内市場しか対象にしていないという点だ。

 つまり新製品を開発するにあたって世界のヘルスケア市場でのマーケティングを行なってニーズを知る必要があり、競合や提携先はむしろ海外の方に多くあるのに、この情報が十分にスタートアップの事業計画に反映されないというジレンマがある。国内かつ日本語だけでピッチイベントやアクセラレーションプログラムを実施する環境に限界を感じていた。

 シリコンバレーバンクの最新のレポートによると、アメリカのBiopharmaと言われる低分子とバイオ医薬品を開発する分野のスタートアップ企業では、最初にベンチャーキャピタルからの調達を行なう「シリーズA」と言われる段階で、2017年は平均1765万ドル(約20億円)、2018年に至ってはまだ上半期のみだが平均3418万ドル(約38億円)を調達している。

 これに対して日本では正確な統計はないが、各社報道によると、低分子医薬品の研究開発を行なう京大発ベンチャーの(株)京都創薬研究所が3.8億円(2016年6月)、今話題の遺伝子編集の事業化を担う神戸大発ベンチャーである(株)バイオパレットが4億円(2017年7月)にシリーズA(バイオパレットはプレスリリースで「シードラウンド」と表現)の資金調達を行なっている。日本での資金調達の規模感は米国のそれの10分の1から5分の1程度にとどまっている。

 ヘルスケア産業における日本市場は世界市場の7~8%程度と言われており、この差は国内の市場規模に合わせた投資規模としては理解できる。しかし研究開発ではある一定規模の投資がないと、特にイノベーションを起こすような新しい取り組みは不可能だ。

 そこで、HVCでは世界市場のプレーヤーである外資系企業とシリコンバレー、ボストンのヘルスケアの専門家を招聘して、英語で生のメンタリングを受ける機会を提供している。アントレプレナーに「多国籍企業○○の担当者がほしいと言っている製品はこれです!」とか「この領域はボストンでも注目を集めている!」と言った情報を直接受け取ってもらい、資金調達に生かして貰うことが第一の狙いだ。

 一般的に日本国内のプロジェクトは技術ベースのプレゼンが多く、事業計画とは言えないようなスライドばかり提示するケースがまだ多い。今回も英語でのピッチの技術についてのコーチングを実施したが、今後は事業計画そのものに踏み込んでメンタリングを行ない、ピッチのレベルを向上させる必要があると感じている。

 嬉しいことに、現状でもアジア他地域の同様のイベントと比較しても遜色ないレベルだ、と言うコメントを今回のメンター陣から受けており、今後にますます期待がかかっている。

HVC KYOTO2018メンターと登壇者たち。「ヘルスケア」に特化した「英語」でのピッチイベントは極めてユニーク

登壇者の横顔

 さて、肝心の登壇者達だが、創薬技術、再生医療、医師紹介アプリなどと、ヘルスケアといっても多岐にわたっている。従来の事業マッチングイベントではこれらの異なる「分野」の事業は一緒に発表されること自体が稀だったと思われるが、最近では医療を取り巻く環境が大きく変わりつつある中で、参加者もメンター陣も幅広く情報を集め、対応を進めている。

サイアス 等泰道社長

 再生医療製品として注目を集めたのは(株)サイアスの等泰道社長だ。京都大学の金子新教授の技術を元に、iPS細胞技術を使ってがんの免疫療法を行なうという、非常にホットな領域に挑戦している。等社長自身がシリコンバレーで製薬系ベンチャーにおいて研究開発に従事していたという事もあり、次の資金調達が楽しみなプレゼンを聞くことができた。

京都大学 亀井謙一郎准教授

 技術的に先進的な印象を受けたのは、同じく京都大学の亀井謙一郎准教授による研究者自らのプレゼンテーションだ。微細加工のものづくり技術を使って人間の体で起こっている臓器による薬物代謝系を再現しており、未来の創薬技術を想起させる内容だった。

 日本の大学発技術でよくあることなのだが、事業化のための事業計画や経営者のチーム組成の支援まだまだ不足しているため、具体的な投資やパートナーシップに結びつけるには研究者に大きな負担がかかっている。この部分が日本のヘルスケア業界におけるスタートアップエコシステムの解決すべき課題の1つだと筆者は感じている。

JOHNAN 山本光世社長兼CEO

 また筆者がユニークと感じた事業の1つに、京都の地元企業・JOHNANによる、実験作業の自動化ロボットがある。米国の企業の技術を導入しているが、その応用の方向性は独自のもので、今後基礎研究から医療イノベーションを量産する社会インフラ構築には欠かせないプラットフォームを予見させる内容だった。

 京都以外の地域からも、九州大学起業部発でワクチンの経皮接種技術の事業化を行なうNOVIGO、つくば市から参加したAGREEによる医療相談アプリLEBER、広島大学からは磁気を利用した次世代の再生軟骨製品開発プロジェクト、名古屋大学発のBeCellBarからは細胞間の接着のメカニズムを利用した薬剤送達技術のピッチがあり、いずれも技術的に素晴らしく、事業化に向けた戦略策定を一緒に進めたい! と思える内容だった。

 登壇者のキャリアも年々バラエティーに富んできているが、製薬企業OBが設立した会社、プロジェクトも複数あった。MiCAN Technologiesの宮崎氏は元大手製薬企業で化学合成を行なう創薬化学者であったが、今回は赤血球の再生医療技術を使った抗マラリア薬開発のプラットフォーム技術の事業化のプレゼンを行なった。ニーズを熟知した化学者が生物学的なアプローチで課題解決をスタートアップの枠組みで実用化に挑んでおり、興味深い。

ピッチイベントを盛り上げるためのピッチ、ファシリテーション技術も重要

 今回、筆者はHVC KYOTOのメインとなるピッチイベントのファシリテーターを務めたが、意外に日本でのヘルスケア×英語でのファシリテーションが難しかった。ヘルスケアの事業には多くの研究者が関わっており、ピッチと言っても短い学会発表のようになってしまう事が多い。今回はメンターからの有用なアドバイスを引き出しかつ、聴衆にとっても有意義な情報提供の場となるように努めたが、その経験とノウハウについて以下に記載する。

■運営側
1)場の雰囲気作りが重要。提携に向けた面談の前にイベントで議論を盛り上げると、その後の継続(次回面談、秘密保持契約等の締結)の可能性が高まっていたように感じる。
2)運営事務局、ファシリテーターは予めピッチを聞いて最低限のクオリティーを担保し、同時に当日の話の流れのシミュレーションをしておくと良い。より効果的な運営を目指すためには、適切なセレクションプロセスも重要。
3)発表者がメンターの質問を正しく聞き取れない、あるいは緊張して理解できないときは、ファシリテーターが助ける(これが結構難しい! あらかじめメンターと示し合わせて、わかっていなさそうであれば、最初からファシリテーターに向けて質問してもらう、などといった工夫が必要)。
4)ファシリテーターの育成が急務。サイエンスの知識と、ビジネスのバックグラウンドを持ち、適切に議論を誘導できる経験が必要。ある程度笑いも取れればさらに良い。

■発表者側
5)時間厳守。質問への回答の際にはまず結論を伝えて、その理由を簡潔に述べる。
6)英語での発表が上手い人は、日本語でも話が面白い。逆もまた然り。「英語が上手い」のではなくて「英語での発表も十分に準備して望んでいる」姿勢が重要。
7)言い訳をしない。「ビジネスはわからないので」とか「研究者なので」という言い訳はなんの役にも立たず時間の無駄。英語が下手なのも、日本人は全員一緒。
8)質問には必ず背景があり、話を続ける事で有用な情報が得られる。回答の前に「あなたの質問はこう言う事ですか?」などと呼び水を投げかけると、話のきっかけがより拡がる。
9)基礎技術の売り込み、応用開発のパートナー探しの場合でも最終的な製品の姿(特に具体的な疾患と患者さんの年齢など)が必要。相手は技術よりも「どうやって顧客に売るか?」に興味があるので、いきなり技術紹介だけでニーズまでは思い浮かばない(いわゆるTarget product profileが重要)。
10)投資や提携のためのスキームを示して「あとは一緒に始めるだけで良いよね」と思えるレベルにプレゼンを作り込む事が理想。これは研究者だけでは無理で、産学連携に長けたチームで戦略を練って、松竹梅のシナリオを準備すると話が進めやすい。

熱気あふれるメンターと登壇者のやり取りの様子。自らの技術を世に出したいという強い思いのあるプレゼンを、海外のメンター陣も高く評価していた

熱気の背景にあるもの

 今回は260名の参加があり、さらに158名が最後の懇親会まで残っていた。

 参加者には多くのVC、製薬企業の皆さんが含まれていたが、わざわざ京都まで来て、しかも最後までピッチとメンタリングに耳を傾けていた。意外に居眠りしている参加者は少なく、発表者の発言だけでなく、メンターが何を聞いたか? そしてどうコメントしたか? と言う点まで含めて、注目して聞いていたようだ。何を好き好んで他人が下手な英語で発表するのを聞くか? 筆者はこの熱気は日本の危機感の現れだと感じている。

 英語は上手くないけれども、外に出て行かなければ生き残れない。でもどうやればいいかわからない。日本語で「海外進出セミナー」とか「シリコンバレーとは」とかいうセミナーに出て、話を聞いて分かったつもりになっていたけれども、実際に目の前で繰り広げられる英語でのピッチとメンターとのやり取りに釘付けなってしまった、ということではないかと想像している。世界で挑戦する環境をそのまま日本に持ってくる試みはまだそう多くない。

 元シリコンバレー在住者としては、日本からの視察ツアーの参加者たちが数日の滞在の間にサファリパークを見たように興奮した後、日本に帰っても何も変えることができない現状にジレンマを感じて来た。帰国して10年、少しだけシリコンバレーの動きを切り取って、京都に植え付けることが出来たのかもしれない。そして今回は京都以外の地域からも多くの登壇者が参加した。京都を通じて日本のベンチャー企業が世界に飛躍する窓口として、来年以降のイベントも乞うご期待!


※最後に筆者の個人的なご連絡をお伝えします。2018年7月1日より筑波大学医学医療系において、「トランスレーショナルリサーチ」の教育研究を担当する教授として赴任いたしました。トランスレーショナルリサーチって何? という方は、今後の記事をお待ち下さい。京都大学も引き続き兼務し、医療系のスタートアップを育成するために関東と関西をつないで、さらに国際展開するためのプラットフォームを提供して行きます。

 早速本年10月からは早速UCサンディエゴ校、スタンフォード大学や国内大学と連携して世界のヘルスケア市場で活躍するアントレプレナー人材育成のためのアクセラレーションプログラム「Research Studio」を開始します。筑波大学発の技術を事業化してみたいという方は乞うご期待!(最新情報はホームページを御覧ください、http://www.s.hosp.tsukuba.ac.jp/t-credo/tr/research.html

アスキーエキスパート筆者紹介─小栁智義(こやなぎともよし)

著者近影 小栁智義

筑波大学つくば臨床医学研究開発機構 教授 博士(理学)。
より健康で豊かな社会の実現を目指し、大学発ベンチャーを通じたライフサイエンス分野の基礎技術の実用化、商業化に取り組んでいる。スタンフォード大学医学部での博士研究員時代にベンチャー起業を通じた研究成果の事業化に接し、バイオビジネスでのキャリアを選択。帰国後は多国籍企業での営業/マーケティング、創薬、再生医療ベンチャーでの事業開発職を歴任。京都大学医学領域の産学連携業務に従事し、複数のスタートアップ企業組成に関わった後、2018年より現職。現在は医療イノベーションエコシステム構築のために大学を中心としたつくば地域、そして日本発のベンチャー育成に携わっている。京都大学病院クリニカルバイオリソースセンター研究員を兼務。経済産業省プログラム「始動Next Innovator」第1期生。大阪大学大学院卒。

合わせて読みたい編集者オススメ記事

バックナンバー