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映写技師不足に悩む業界、劇場は「携わる人の顔」を前面に出しては?

夏こそ映画、では“いい映画館”選びの「条件」は?

2018年08月16日 17時00分更新

文● 川村彩花、聞き手●野村ケンジ 編集●ASCII

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 映画全盛時代ほどではないにしろ、いまも全国には数多くの映画館が存在している。そして、「ガルパン」をはじめとする爆音上映などによって、「○○は迫力満点だった、●●は聴き心地の良い音だった」「■■は展示物が面白かった」など、同じ作品をいくつかの映画館で見比べることによって、それぞれの良さを知るという楽しみ方も、映画好きの間で生まれつつある。

 そこで、ふと疑問に思うのが「“いい映画館”とは、どういった映画館なのだろうか」ということだ。映画館なのだから、「映像と音がいい」のは必須事項だろうが、それ以外にも、重要なポイントがあるかもしれない。

 そこで、いい映画館とはどのようなものなのかを知るべく、音響監督として数多くの作品を手がけ続け、自身も大の映画好き&映画館好きである岩浪美和氏と、映写技師の月夜野氏から、いい映画館を見分けるポイントをインタビューさせていただいた。月夜野氏は、ユニークさが大いに話題となった数々の映画館イベントを手がけていることで知られる。

画期的な技術だったシネコン、しかしそこには落とし穴も

―― 映画館のメリットは家庭で難しい「大画面」や「迫力の音響」など、作品に集中できる特別な環境を提供する点にあると思います。しかし現在の映画館を取り巻く環境に対して、岩浪さんは問題意識を持たれていると伺っています。

岩浪 定額配信のサービスに契約すれば、映画館に足を運ばなくても、スマートフォンやタブレットで好きな映像作品を好きな時間に楽しめる、そんな便利な時代が来ています。その中で、映画館の魅力をどう発信していくかが問われています。

―― その魅力とは何でしょう?

岩浪 重要なのは、映画館でしか体験できない大音響や大画面を楽しんでもらうことです。これが本来の魅力ですが、ソフト的な部分も重要で、“女性も安心して使える綺麗なトイレ”だって、映画館選びには重要なポイントです。映画館の基本である映写/音響機器など「ハード」の部分と、観客にとって好ましい環境作りをする「ソフト」の部分。その両方が大切になっているのが、今の映画館です。

―― ハードとソフト、両方の良さが必要となってきているのですね。

月夜野 ハードに関する話をします。いまの映画館のシステムはフィルムを使うケースは稀で、デジタル上映が主流になっています。 “シネマコンプレックス”と呼ばれているデジタルシステムを導入する大きなメリットは、メンテナンスが簡単である点です。導入時にきちんと設定すれば、後は全く調整しなくてもよいくらいだと言われていますが、ここには大きな落とし穴もあるのです。

かつてのフィルムプロジェクター

岩浪 コンピューター制御によって“素人でも扱えます!”というのが、シネマコンプレックスのアピールポイントです。 “ボタンを押せば、誰でも映写できる”というほどの、とてつもない進化ですが、その一方で、これまで映画上映で大きな役割を担ってきた“映写技師が必要ない”という誤解が生まれてしまったのです。

 しかしながら、それは間違いです。導入当初はそれでいいかもしれませんが、映画システムも精密機器ですから、使い続ければ、徐々に劣化したり、機器の調子が悪くなっていったりします。

 維持管理していくうえでは、こういった問題に早期に気付き、機器や部品を入れ替え、再調整していく必要があります。

 しかし、映写技師がいないために、その判断ができない状況が生じています。

 確かに映像や音は出ているけれど、正しく再生できてはいない。そんな問題に気が付かず、上映を続けている劇場も散見されます。コンディションを維持できていないシネマコンプレックスの映画館が少なからずある、というのが現状です。では、どういった対策を行えば良いのか? それは“どの状態が正しいか”を知る専門家を置くことではないでしょうか?

月夜野 こちらがまさに、ソフトの部分ですね。自分が映写技師だからというわけではなく、ひとりの映画ファンとして凄くもったいないと思うのです。ものすごく高価なシステムを導入して、映画専用の空間を作り上げて、本来だったら素晴らしい映像と音響が楽しめるはずなのに、調整不足で映画の魅力が十全に伝わらなくなってしまっている。とても残念です。確かな腕の映写技師がいれば、それほど手間がかからず、本来の実力を発揮できるはずなのですから。

映写技師の存在は、劇場のシェフ、大切にすべきだ

岩浪 私が言いたいのは、だからこそ「映写技師を大切にして欲しい」という話なのです。道の駅やスーパーなどで、“この野菜は僕が作りました”という表示がありますよね。いっそのこと、映画館も映写技師の名前を出してみてはいかがでしょうか。作った人の顔が見えたほうがおいしそうに見えるし“品質を保証しています”という信頼にも繋がる。“何処で見ても変わらない良質さ”を謳うシネマコンプレックスの時代だからこそ、そういった“違い”が大切になるのでは、と思っています。実際、調整の行き届いた映画館と、そうでない映画館とでは、映像の質も音響の質もかなり違っていますから。

月夜野 クルマのように車検がないので、コンディションを保つのがかなり難しくなっているのは確かです。

岩浪 致命的な故障が発生するまで、不具合を放置してしまうケースがあります。

――正しい上映を行う、という点で映写技師はとても重要な存在なのですね。

岩浪 はい。だから映画館にお邪魔する際には“技術のある映写技師さんは大切にしてください”“製作側としてどの劇場でも最高の状態で上映していただきたい”ということをお願いし続けています。作り手としては、作ったそのままの状態で(=制作環境で確認したそのままのものが)上映されるのが理想です。そのためには技術・知識・経験のある映写技師さんの存在が欠かせません。

 だから技術のある映写技師さんがいる映画館は、それを売りにしてはどうか、とも思うのです。「うちは正確な映写にこだわっています」「この間○○の機器のメンテナンスをしたので映像はばっちりです」「スピーカーを新調しました」などの情報を積極的に出してもらえれば、その映画館の信用につながると思います。 映写技師さんはレストランで言えば、料理を出すシェフ。隠れた存在ではありますが、担当の○○が責任を持って映写するので、高品質な映画が観られる、というのを売りにした映画館があってもいいのかなと思っています。そういう映画館があれば、僕も通います(笑)

月夜野 確かに(笑)

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