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異能な人列伝第4回

「エンジニアリングにこだわりすぎるとピボットできない。これからはサイエンスとデプロイの2足のわらじが必要だ」

東京大学先端科学技術研究センター教授の稲見昌彦氏に、最近考えていることを聞いてきました。

2018年07月18日 09時00分更新

文● プログラミング+編集部

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 総務省が実施する独創的な人向け特別枠・異能(Inno)vationプログラムが平成30年度の応募を現在受付中(応募締切は2018年7月20日の18時まで)だ。この異能vationにちなんだ、世の中の “異能” な人を紹介する連載:異能な人列伝を今年度もASCII.jpではお届けする。今回、話をお聞きした異能な人は、東京大学先端科学技術研究センター教授の稲見昌彦氏だ。

 稲見氏は光学迷彩、触覚拡張装置、動体視力増強装置など、人の感覚・知覚に関わるデバイスを各種開発。米TIME誌Coolest Invention of the Yearに選ばれるなど、世界が認める、一流の“変な人”だ。そんな稲見氏が関心を持っていることは何か。VRの意義や「人機一体」システム、イノベーターや研究者に求められていることなど、最近、考えていることをざっくばらんに語っていただいた。

身体を変幻自在にするためのプロジェクトを始動

―― まずは最近の取り組みを教えていただけますか。

稲見昌彦氏(以下、稲見) 昨年10月からJST(国立研究開発法人科学技術振興機構)のERATO(戦略的創造研究推進事業総括実施型研究)で「自在化身体」という、ちょっと不思議な名前の新しいプロジェクトが始まりました。現在はそれをメインで行っています。

 これは身体を変幻自在にするためのプロジェクトです。生活空間に最適な形で今の人間ができてきたと思うのですが、極限環境や宇宙、サイバースペースで行動しようとしたとき、我々は一体どのような身体を持てばいいのか。1960年に発表された、「サイボーグと宇宙」という論文は、身体を改造することで、宇宙でも行動できたり、いろいろな環境に適応できるようにしたほうがいいんじゃないかという内容で、元祖サイボーグの話として知られています。

 VTuberではないですが、今はゴーストと義体が別々に設計できるようになってきています。とするならば、たとえばもし義体が犬型ロボット、例えばボストンダイナミクス社のビックドッグのほうが行動しやすい環境だったら、人はどのようにビッグドック的な身体に乗り移ればいいのか。もしそれがケンタウルスみたいなものが最適な環境であれば、ケンタウルスの身体に乗り移ることができるのか。今までのアバターもそうですし、もしくはテレイグジスタンス(Telexistence:遠隔存在感)の研究もそうですが、たぶん義体が人型だったら乗り移れるだろうということがわかっている。それが非人型に対して、我々がどこまで変身できるかについては、実はオープン・クエスチョンなんです。

 たとえば整形外科では、ローテーションプラスティという手術があります。癌で下腿を切断したとき、180度方向を代えて足首を膝にくっつける手術です。そうなると関節の向きが膝と同じになるので、その先に義足のソケットをつけることができます。最初はつけた足の動かし方がわからないらしいのですが、リハビリで徐々に動かせるようになります。

 では、変身や合体はどの程度まで可能なのか。難易度は何によって変わって、それがどういったメカニズムで行われているか。さらに身体の学習のシュートカットがあるのか、というところが研究対象になっています。

―― 現状ではどういう段階にあるのでしょうか。

稲見 我々と慶應義塾大学との共同研究で、両肩から腕を生やしたり、足を肩にくっつけたりすることを可能とするシステムがあります(MetaLimbs)。それぐらいだったら可能になってきています。

 また我々の研究の1つに、人の前と後ろを同時に見ることができるゴーグル(スパイダービジョン)があります。この基礎実験では、同時に複数の身体をもったときに、両方の景色を同時に見ることができるかというのがリサーチ・クエスチョンだったのですが、おそらくそれもできるであろう。というか、できたんですね。特に景色を立体的に重ね合わせると、ぼんやりと両方見ながら必要な時にはどちらかに着目することはできる。

 たとえば指1本立てたときに、指を凝視すると指はしっかり見えますよね。しかし遠くを見ると、指が半透明になります。それは両眼立体視、目が2つあるおかげです。ピントだけでなく、輻輳(より目の度合い)を変えることでどこに注意を集中させるかは変えられます。

 それに近いことが三次元的に半透明で重ねると、同時に見ることができるようになる。では3つ重ねるとどうなるか。10を同時に見ることはできるのか。10にしたときはもう少し良い方法はないのかなどはまだわからない。

 サッカーゲームやピクミンは、1人の人が複数のプレイヤーを操作しますよね。1人が複数の身体を持つ場合、いわゆるAI(人工知能)と協力することも必要かもしれません。人の意思がありながら、だけれどもうまく、多くのロボットを動かすことができるのかどうかもリサーチ・クエスチョンとして研究しています。

人間国宝の基本動作も数回で体得できる時代に

―― 昨年の異能vationの「破壊的な挑戦」部門の最終選考通過者である西田惇さん(筑波大学グローバル教育院エンパワーメント情報学プログラム博士課程)は、動作を他人と共有できる装着型デバイスを開発しています。筋肉が活動する際に発生する微弱な電圧変化(筋電位)を相手に伝えることで、相手の人の腕を動かすことができるデバイスです。西田さんの話によると、AさんがBさんを動かしていると、Bさんのほうも「ああ、こうやって動けばいいんだな」とわかるようになるというんです。

稲見 見よう見まねはできるんですよ。結局、人間はミラーニューロンにとらわれすぎています。見よう見まねって、形と軌跡しかわからない。どんなタイミングでどんな力を入れているかは、コーチに手をもって教えてもらってもわからなかった。しかも身体のサイズも重心配置も違うのに、動きだけまねてもだめなんですよ。誰かに手をもって動かしてもらうよりも、イメージ・トレーニングのほうが良いという話もあるくらいです。

 うちの檜山の研究(編集部注:東京大学先端科学技術研究センター講師の檜山敦氏「ウェアラブルコンピュータを用いた技能伝承」)では、習得するのに、本当は数週間かかる人間国宝の紙すきの基本動作が、10回やっただけで身についちゃう。昔は守・破・離と呼ばれていたもの、つまり型を覚えて自分のものにするのは実は自分の身体のダイナミクスに合わせるとか、そういうことだったのかもしれないのですが、それをショートカットできる道筋が見えてきた。今までは視覚チャンネルと言語チャンネルの2つのチャンネルしか技能伝承には使えなかったのが、触覚的な刺激と一人称の視点、力の入れ方とタイミングは伝えられるようになった。そういうチャンネルが出てきたのは大きいでしょうね。

 ちなみに最近、二人羽織をつくっておりまして、離れたところからカメラと手を動かすことができます。

―― 1人で4本の手を使うわけではなく、後ろの人の手が遠隔操作されているという感じですか。

稲見 はい。場合によっては、後ろの手が自分の手首をもって指示してくれます。

―― 1人が操縦して、もう1人がカメラといった形で、ドローンも2人で操縦する場合がありますよね。

稲見 タンデムの戦闘機もそうですよね。二人羽織では、1人の身体に2人いる感じです。しかも手首を持たれて動かされると、不快と思いきや、それはそれで楽しい。実は自在化というのは、自由自在になれることかと思いきや、不自由自在って要素もあるのかなと持っています。身をゆだねるって楽しいんです。新しい発見でした。

―― ダンス的ですね。

稲見 おっしゃる通り、ソーシャルダンスやジャズのセッションみたいな感じです。

―― 昔のハリウッド映画とか、女の人が男の人のステップに無理やり合わしているところがエロですもんね。

稲見 そこがコミュニケーションのヒントかもしれないです。ダンスって、他の人と向き合っていたじゃないですか。今度は自分と同じ身体でもダンスできるかどうか。

 二人羽織や、2人3脚はうまくいかないものの代表例ですが、テクノロジーの助けを借りてうまく組み合わせてあげると、新しいコミュニケーション手段にもなりうる。仲良くなれるんですよ。それは新しいコミュニケーション・メディアだと思ったのです。

 また逆説的ですが、身体は究極のブレイン・マシン・インターフェイスだと思っています。今までは身体とコンピュータの間にユーザーインターフェイスをつくっていましたが、我々がやろうとしているのは身体のインターフェイス能力の強化です。身体を脳と情報環境、極限状況との間のインターフェイスとして考えている。外科的サイボーグや、銀河鉄道999の鉄郎が「機械の体がほしい」といった話とはちょっと違うアプローチが今だったらできますよね。つまり、昔は機械論だったのが情報論になってきたわけです。サイボーグを情報システムとして再発明してみるのは意味があるのかなと思っています。新たな身体性で心が変わってくればさらに面白いし、我々は頭で考えていると思うのは脳に関する知識があるからで、今後は心を身体のどの場所に感じるかということも研究の進展で変わってくるかもしれません。

稲見・檜山研究室は今年、本郷に加え駒場に新たな研究拠点を設け、リビングラボ駒場として稼働している。

VRはようやくメディアになった

 

―― Oculus Goのお部屋で一緒にゲームしたり映像を楽しむルームというアプリがあります。あれで360度画像を共有できますよね。同時に同じ360度カメラから見た映像を体験する。そのときに自分の脳の位置に他人の脳も来る感覚とか、ものすごく変なことが起きますよね。

稲見 相手の視点になって考えなさいというのが比喩ではなくて、本当に相手の視点に入って体験できるところが大きいでしょうね。そういう意味ではVRは初めての体験メディアなのかもしれません。

 インタラクションを伝えられるという意味だと、ゲームがそうだったのかもしれません。岩井俊雄さん(メディアアーティスト)がおっしゃるには、メディアアートはパソコンが古くなると動かなくなるらしいんですよ。岩井さんは家の倉庫を全部使って、作品とパソコンを常にセットで動くように保存していたそうなのですが、あるとき限界を感じて、コンシューマープロダクトにすると拡散しつつ動態保存できかもしれないと考え、任天堂と一緒に「エレクトロプランクトン」というタイトルで、作品をバーチャル化したアプリを開発されていました。

 本当はゲームのプログラムがそのままアーカイブできればいいのですが、今後、体験アーカイブは全部VRにしておいたほうがいいかもしれない。もしかすると、機械学習とかでインタラクションの部分がどうなっているのかを学習させておいたものを記録していくと、全部ではないですが、相互作用の一部は記録できるかもしれません。

 さらにもう少し引いたクエスチョンとしては、他人を体感したときに心はどう変わるのか、どのような影響を受けるのか、があります。過去の研究を見ると、VRで黒人女性に変身してしばらく行動すると、黒人の方に対する無意識のうちの偏見が減ることが報告されています。

 『君の名は。』はアニメですが、変身することで相手のことがわかる。それで自分の心も変わっていく。『GHOST IN THE SHELL攻殻機動隊』で描かれていた話かと思うんですが、義体が変わったときに、義体の居心地が悪いみたいな言い方をします。それは適応のしにくさを表していますが、実は心も変わる可能性がある。もしくは変わらない芯の部分もあるかもしれない。身体の変化によってどこまでが変わって、どこまでが変わらないのか。今度はゴーストのほうも研究として興味があるところです。

 VR2.0はソーシャルという意見もあるんですけど、VRをつくるのが目的ではなくて、VRで実験をしたり、VRでプロトタイピングや表現活動をしたりするのが目的となりつつあります。ようやくVRはメディアになったなと思っています。

―― 脳科学とも関係ありそうですね。

稲見 メカニズムの理解に関しては、脳科学の先生と共同で研究をやっていこうと思っています。心に関しては、心理学の先生と共同でやっていく。そういうところが今、一番力を入れているプロジェクトになります。

 もちろんそれらはサイエンスの基盤技術ですが、応用分野の研究はいろいろな企業と共同研究をしています。心と身体はどこまで独立しどの部分が不可分か。この情報社会でどのような身体が最適なのかに興味を抱いています。

 身体と心を切り離すことができるとなると、年を重ねるという意味も変わるかもしれません。年を重ねることは今だとネガティブに考えられがちです。年をとってもできることが増えていくならば、ヨーダやガンダルフのように無茶苦茶強くなっていく。

 肉体が年をとると、心も年をとるかもしれませんが、それは肉体にひっぱられているせいなのか、それとも独立して設計しうるのか。実は「自在化身体」のプロジェクトの未来のテーマとして考えているところではあります。

―― 一般的にはどのように言われているのですか。心も年をとるんですか。

稲見 物を思い出しにくくなるとか、だんだん意見が頑固になるとか、新たなことに関心が無くなるとか、心が年をとると言われている例ですね。

 おじさんがやっているVtuberがいるんですけど、VRの世界でおじいちゃんが孫と同じ年齢のアバターに変身して同じ立場でコミュニケーションしたらどうなるかはまた興味深い実験になりますね。

 童心に帰ることで若返るかもしれないし、記憶力とかはAR的に拡張すればいいですしね。人と会ったときは、その人の名前が出ればいい。仮名漢字変換って、記憶力の拡張の理想例だと思いませんか。

 予測変換で多くの人が携帯小説を書けるようになったという説がありますが、それなら増井俊之さん(予測変換システムの開発者)に携帯小説の印税が半分くらい入らなきゃいけないかもしれない。

 人とAIとの関係性は、対話型をイメージすることが多いのですが、先に述べたように予測変換のほうがすでに来た人とAIが一体化した未来ですよ。漢字を昔散々覚えたはずなのに、私も今は漢字を正しく書けませんもん。

 AIがVtuberとして代わりに私の声で話してくれる場合、そのときの文章がAIのものなのか、本人のものなのかは、携帯小説のときに、議論された話です。「人生は選択だ」、「選ぶというのは個性の1つだ」ということになっていますが……。

―― ある翻訳家が「俺が翻訳しているのか辞書が翻訳しているのか、もはやあやしい」と言っていますね。

稲見 それで言うならば、数式を解くのも、式を立てることと解放の探索までは創造性を発揮するところなのですが、難しい数式でも手続きに従って機械的に解くだけになっています。

 人とAIが一体化することで、Vtuberを同時に100人できるとか、インタビューを同時に2つとかできたら面白い。そうすると、クラウドソーシングの考え方も変わってくると思います。

 今までは1人の人に任せて、まさに人月換算みたいな感じでしたよね。もしかしたら同時に複数の人が一つのアバターやロボットの行動に携わるような、ブロックチェーンを巧妙に利用したやり方になってくるかもしれません。

 高齢になると肉体は衰えるかもしれません。3人集まれば文殊の知恵ではないですけど、3、4人が一緒になって、誰かの身体に憑依したり、ロボットに憑依したり、もしかしたらその憑依はアバターかもしれませんが、超人的に活躍する時代が来るかもしれません。

稲見氏の研究の1つ、超人スポーツ「Bubble Jumper」。

今後はVR、ロボット、人工知能、ウェアラブルあたりがキーになる

―― 人間が1対1対応ではなく、1対N対応になっていくと、自分の体感はなくなっていくものなのでしょうか。

稲見 それはすでに起きているかもしれません。石黒浩先生(大阪大学大学院基礎工学研究科)がプチ整形したのは、ジェミノイドに見た目を合わせるためだそうです。本人は年とっていっちゃいますから。

 では、ジェミノイドのほうを作り替えたほうがいいんじゃないですかというと、石黒先生は2つ答えをおっしゃっていて、1つ目の答えが、作り替えたほうがお金がかかる。2つ目の答えのほうがおそらく本質で、ジェミノイドをつくったときの自分の姿・形が一番自分らしさを感じるんだとおっしゃっていました。それはなぜかというと、ジェミノイドをつくったときに、石黒先生は世界で名を上げることができた。そのときの自分が今の自分よりも自分らしいと感じられているのだと思います。オードリー・ヘップバーンは昔の頃の写真が必ず出てきますよね。本人も含めて、みんなが最もオードリー・ヘップバーンらしいと感じている頃です。

 今までは有名な女優、俳優さんの話だったのが、誰の中にも自分らしさを感じる時期がそれぞれあるかもしれない。もっと言えならば、複数もっているかもしれません。ツイッターのアイコンですら変えると、人が変わった感じがします。

―― 心と身体に加え、時間軸も重要になってくると。

稲見 時間軸と空間軸の両方ですね。どの時点の自分というのもあります。空間軸だと社会的な役割に応じて、我々の見た目も変わるかもしれない。

―― たとえば建設機械を操作するときに、単なる建設作業の亜流に感じるのか、自分の背中から生えているように感じるのでしょうか。

稲見 昔は人の動きに合わせて、メカを作り替えようという話だったのですが、たとえば建機は建機のまま、人は人の形のままで、その間をどのようにつなげていけば良いのだろうかという研究に繋がると思います。

―― 建機の形をした生き物な心になっちゃう。Oculus Goのときにチェスをやったんですよ。チェスってやったことがなかったんですが、実体感がありました。

稲見 コンピュータの将棋をVR化するという話題を羽生善治さんとする機会がありました。羽生さんによると、リアルな将棋をやっていると迫ってくる感じがするらしいんですね。

 ディスプレイ画面で見るコンピュータの将棋だとそういう感じがしないから、羽生さんは「そういったところが出せるといいんですかね」と、疑問形で話されていました。実際それが正解かどうかはわからないですけど。

 『ブラックパンサー』という映画では、戦闘機を基地から遠隔操縦できるシステムが登場します。そのときアメリカ空軍出身のCIAの人に操縦をお願いするのですが、「あなたに合わせてアメリカの戦闘機と同じコクピットにしといたわ」というシーンがありました。自在化インターフェイスの話で、面白いと思いましたね。『ブラックパンサー』で面白かったのはそこだけだったんですけど……。今後はケンタウルスに変身するにはどういう感覚になるか気になり始めています。

―― バイクを載っていたとき、お尻に棒が生えて地面をけっている感覚になるんですよ。ケンタウルス感はすでにある。

稲見 ヘリコプターもお尻で乗ると言われていますよね。より早くお尻で乗れるようになるにはどうすればいいのか。車も熟練ドライバーは1センチギリギリを通り抜けられて、すでに身体化している。

―― 足なんか勝手に走っているわけだから、ケンタウルスになっても問題ない。平気だと思いますよ。

稲見 人機一体と言って、我々の身体はすでに自律ロボットをいっぱい飼っているというようにも捉えられます。心臓も胃腸も勝手に動いてくれています。歩きスマホができるのは、自動的に足が動いてくれるからですよね。

 さらに、いいパフォーマンスが出るのは、スポーツマンやF1ドライバーのゾーンに入るみたいな形で、自分が自動システム化したほうがいいこともある。考えてから行動していると常に遅れる。大切なことは何かと言うと、自動と自在は対立する概念ではないということ。そして、状況や意図に応じて、自動的な運動と意識的な運動を、身体部位間や身体と道具・外部機器との間でシームレスに変化させられるようになること、これが自在化という点にあります。

―― 具体的な方法としてはVRだったり、機械的なものだったり、組み合わせてやったり。あとは人工知能ですか。

稲見 VR、ロボット、人工知能、ウェアラブルあたりがキーになってくると思いますね。

 人間の反射弓をはじめとする人間の中の自動システムを知るためのウェアラブルな計測システムと提示システムの、両方必要ですね。そうすると人間の無意識の行動にもアクセスしやすくなります。

 VRブームのおかげで、今はいろいろな人がVRの社会応用をやってくれています。私はVRよりもバーチャルボディのほうが本質だと思っています。環境と身体との関係、心と身体のとの関係に立ち返れば、次の新たな技術へのジャンプにもつながるのかなと思っています。

リビングラボ駒場の天井には「自在化」のネオンサインが装飾されている。

枯れた技術の水平思考とイノベーション

―― 稲見先生はスタートアップをやったりはしないのですか。

稲見 分身できるシステムがきちんとできたらやるかもしれませんが、私はスタートアップ向きじゃないと思っています。スタートアップは1つのことに5年とか集中しないといけない。私は同時にいくつもプロジェクトを走らさないと落ち着かないし楽しくない。

 一方で、技術的な課題を見つけて、そのソリューションを出して評価をするという課題解決型の研究はそろそろ大学だけでやらなくてもよくなってきていると感じています。伊藤穰一さんは「これからはデモでなくデプロイ(deploy:利用できるような状態にすること)だ」とおっしゃっていますけど、私はこれからの大学の工学系研究者の仕事は課題解決型のエンジニアリングではなくて、探求型のサイエンスと社会へのデプロイなのかなと思いますね。

 今までは応用科学としてのエンジニアリングがありました。さらにその先にデプロイがあったんですが、想定した技術的課題が世の中と乖離していたり、間のエンジニアリングの部分がどんどんコモディティ化してきました。むしろデザイナーの人がやったほうがいいくらいかもしれないところもあります。我々研究者はより原理原則、しかもそれは企業とかは腰をすえてできないような、原理を解明したり、現象を抽象化して理論を構築するサイエンスの部分と、その解明された知見や理論を企業と連携しつつ現場ごとに個別化し、一気に世の中に実装していく部分に2局化する、これからは2足のわらじ(サイエンスとデプロイ)が必要になるのなのかなと考え始めています。

 そして社会的な課題を見つけて解決するには、最先端の知識を使わないほうがいいかもしれません。先端研では人間支援工学分野として、福祉用の情報システムを作っている先生がいるのですが、その方が非常に良いことを言っていて、今は「ハイテクではなく、アルテクの時代だ」と。今ある問題を解決するには、技術を1から開発すると間に合わない。今ある技術をうまく組み合わせて、目の前にいる人たちにどんどん便利なものをつくっていく必要があります。

―― 横井軍平(元任天堂の技術者、ゲームボーイなどの開発者)の世界ですね。

稲見 「枯れた技術の水平思考」ですね。それこそコモディティ化した技術を用いた課題解決としてやればいいわけです。

―― サイエンスは哲学に近くなってきている、そういう感じですよね。

稲見 かつてのような大学の知財を企業に移転して実用化するというようなモデルではなく、企業や現場のユーザーと研究者が「今何をやるべきか」から議論し、場合によっては10年以上前にやられてきた研究であっても必要なことを、今様な実装で意図的に「車輪の再発明」を行うことでデプロイする。もしくはサイエンスの研究手法を身に着けた人が、その知識だけでなく、思考法や研究プロセスを活かして新しくビジネスをつくってやっていくようなやり方が今後、求められてくる。今自らが手掛けている技術手法にこだわりすぎるとピボット(pivot:軸足を決めた方針転換)できないです。Googleが提唱しているような「世界の情報を整理する」のは普遍でいいんですよ。でも、どこでピボットするかは誰も予測できない。大学にいると何が最先端かはわかるのですが、いつ、どこでその技術がビジネスに繋がるかはわからないのですよ。

 ソリューションの話は繰り返しになりますが、3DプリンターやUnityやUnrealEngine4などのおかげでどんどんデモのためのプロトタイプをつくりやすくなっている。難しいソリューション、大規模社会インフラ、ロケット、プラント、そこには伝統的なエンジニアリングが残ると思いますけどね。

 VRでも今は、90年代当時は名前もきかなかった、もしくは存在していなかった企業がメインプレイヤーをやっていますよね。90年代の大企業系VRのプレイヤーは残念ながら存在感が薄くなってしまいましたよね。

―― 企業に関しては、中堅がなくなっちゃったのが大きかったかもしれない。余裕がなさすぎ。特許が残っているとか、そういうことはないんですか。

稲見 そろそろ切れるんじゃないですか。セガがバーチャレーシングのために開発した視点切り替え特許がありましたね。それは存続期間終了でなく異議申し立てで失効したようですが。ほかにもバーチャロンで障害物を半透明表示するという特許もありました。

 1994年に出願されたザイブナー社のウェアラブルコンピュータの基本特許は強力だったのですが、会社が破綻し、特許が切れてから、Google Glassなどの機器が第二次ウェアラブルブームとして出てきたようにも見えます。VRブームが25年周期と言われているのも様々な要因が考えられますが、前回のブームの頃の特許が概ね切れたということもあるかもしれません。もし研究者が開発した最先端の情報技術が社会に出るのに特許の存続期間の20年以上かかってしまうのであれば、特許制度頼みだけではだめで、いかに製品やサービスと紐づいたコミュニティを維持するかというスタイルに注力した方が適切とも思います。いわば飲食店とその常連さんに近いモデルかもしれません。

―― ゲームはある意味、「バーチャレーシング」も最初は製品化の予定はなくて、実験的でした。でも、ああいうものは形を変えて、生かされているとは思いますね。

稲見 ゲーム業界が良かったのは、色々批判も多いですが結果的にパブリッシャー/ディベロッパーモデルが新規企業に良い投資になっていた。インキュベーター機能をもっていたんとも捉えられるんですよね。

 

―― ゲームメーカーが自分でつくんない。アメリカは先にそうなりましたね。

稲見 もしかしたらメーカーもそうしたほうが良かったかもしれません。彼らも今、自分でつくっていません。どこかのOEMでつくるくらいだったら、あのくらいの規模のところに投資して、自社ブランドで出すような小さなメーカーをいっぱい抱えておいたほうが良いかもしれない。

―― 昔だと太っ腹な部長がいて、部下に遊ばしておけば始まるとか。

稲見 今はそういう余裕がなくなった。ガバナンスがきいて、そういう余白を作ることがなかなかできない。かつてあった奇兵隊のようなチームも消え、あわてて米国IT企業のように20%ルールを作っても、業務と関係ないアイデアを出せなくなってしまっているとのぼやきもメーカーの研究開発責任者から聞いたりします。廣瀬通孝先生(東京大学大学院情報理工学系研究科知能機械情報学専攻教授)と話していたのが、我々は選択と集中で選択されなかった側だよねと(笑)。でも、我々はたまたま大学にいたのでVR氷河期を生き残ってこれたんですよね。見かけや形はVRでなくても実質的にはVRに関わる研究、つまりバーチャルVRをやろうとか言いって励ましあいながら。

―― でも、VRがこういう形になって、いろいろできるようになってきましたから。

稲見 AIだってそうですからね。私が学生のころもニューラルネットが流行っていましたが、その後のAI冬の時代も続けた人たちがいるおかげですからね。ロボットも一時期そうだったじゃないですか。つくば万博の後、企業がロボットという言葉を出すというだけで全く予算がつかなくなった頃もあったと聞きます。

―― アメリカはどうなんですか。同じですかね。

稲見 結局、ベンチャーで回していると思います。アメリカはスタートアップを買収する仕組みがあるので、新陳代謝がうまくいっているようにも見えます。日本ではドコモやKDDIがそれをやろうとしていますよね。

―― 知や伝える技術などが変わってきている今、何が必要ですか。

稲見 アイデアを即座に実装し、コミュニティの反応を見つつ修正するスピード感でしょうか。VRチャットなどVRコミュニティで、アイデアの社会実験が即座にできるようになりつつありますよね。世の中にわっと広げる前に、昔だと実証実験といって、どこかの市でやっていたようなことが、レギュラトリー・サンドボックス的にVRコミュニティでできる。世の中に出す前に問題を洗い出すことができます。VRアバターの使い方などでも新たなルールなどが自律的に生まれつつあるという話も聞きます。

―― 具体的に何をやってもいいところをつくるということですか。

稲見 はい、でもそれはそのルールに共感し同意した人たちで構成され、いつでも去ることのできるコミュニティでないといけません。90年代前半にアリゾナ州で地球環境を模した閉鎖的人工生態系の中で有志が生活する「バイオスフィア2」という実験がありましたよね。

 そういうような、限定されつつあるところもよりも規模の大きなコミュニティで社会実験をしておくと、開発者が気づかなかったいろいろな問題を洗い出すことができると思っています。特区とかそういう地理的な区分ではなく、サイバー世界にきちんとつくっておく。異能vationの人はそこで暴れるといいんですよ。うまくいったら世界に広げる。そうすると深圳やかつての出島以上に面白くなっていくと思いますね。

平成30年度・異能(Inno)vationプログラム

詳細情報、応募は公式サイトをご確認ください。

総務省がICT(情報通信技術)分野において、失敗を恐れず破壊的価値を創造する、奇想天外でアンビシャスな技術課題への挑戦を支援する異能vationプログラム。平成30年度は下記の2部門で公募を受け付けています。

両部門とも平成30年度の応募締切は、2018年7月20日(金)まで。また全国で公募説明会を開催中です。詳しい情報は、異能vationの公式サイト http://inno.go.jp/ をご確認ください。


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